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ON日記
since 2001.6.1〜6.30
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2001年6月30日(土) 来月に続け。
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空が薄桃色だ。どうやら雲が薄いらしい。夕焼けを隠し切れないようだ。お風呂上りに、コンタクトレンズを外す。視界はおぼろで、それでも、淡い薄桃色は見える。6月もお仕舞だ。別に、感慨はない。たいしたことないよ、時が経つなんて、などと思った。真面目に生きてるんだもの。いつか振り返ったら、あんまりにも青くて恥ずかしさにいてもたってもいられないであろう日記を、私はまた書きつづける。いざ、来月へ続く、だ。
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2001年6月29日(金) マウスピース
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心から思ったこと以外、口にするのは止めようと決めて、ちょっと実験してみた。数分間、とんでもなく無口になったような気がする。(つまらない、つまらない)。
普段のおしゃべりは、それでも、単なる余計なものではないんだと思う。感情は次から次へと常に波打っているんだから、一個一個のウェイブを言葉に置換するのは至難の業だもの。「心から」なんて決めてしまうと、霞と雲しか食えなくなる。
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2001年6月28日(木) 満月にはまだ早い。
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布団の上に転がって、本を読んでいた。70年代の音楽をかけていた。ふすま一枚隔てて、隣の部屋では彼が小説執筆に没頭していた。ワープロのキーボードを叩く音がカタカタ聞こえてくる。カタカタ。いい音だ。
よくわかんないけど、とてもオリジナルな気持ちがした。幸せといえば幸せだけど、誰かが言ったような絵に描いたような感じではなく、なんていうのか、幼い頃の自分が漠然とイメージしていた未来の自分にぴったりはまっているような感じだった。はまっていると言いつつ、なにか目の前にうんと広がりのあるような、そういう感じでもあった。
私は、私の小説のことを考えた。湧き上がるオリジナルな気持ち。まだ断片。統合させるまで、もう少し時間が要る。親の脛、まだかじる。
空には月も見えた。
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2001年6月27日(水) 週の半ばに
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これといった理由はないけど、なんか人生って楽しいかもしんない。そういう瞬間ってある。好きな友達に久しぶりに会ったときとか、好きな友達が嬉しそうに何かを報告してくれるときとか(その報告が本当に些細だったりするところが心憎い)、半年前に読むのを挫折した本をたまたま読み返したらめちゃくちゃ面白かったりとか、人生って、単純だよ。これ。本当に。
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2001年6月26日(火) ハーブについてあれこれ
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「音響とメディア」の先生は言った。
ライナーノーツを書け、と。
曲は何でもいい、好きなのでいい、と。
もちろん授業内に提出だ。
先生は言う。
こういうテーマを与えられたとき、その人の中に「音」があるならば、短時間のうちに大量の文章が書けるんだ、と。
「うまい文章じゃなくていい、みんなの表現力が知りたい」
私は苦労しながら書いた。
私は私の中に果たして「音」っていうのがあるものなのか、と思った。思いながら、それでも、選んだある一曲について、考えれば考えるほど、何故だか饒舌になっていく。そして饒舌になっていくというのに、文章がとってもおかしくいびつになっていく。
まったくいやになる!
私は文章を書くことが得意だったはずだ。
少なくとも中学生くらいまでは。それがどうだ。
文章を本気で書こうとすればするほど、得意から遠ざかる。「私は、文章を書いたりするのが好きなんです」ということは今は、絶対、言えない。今の私が、そんなことを言うと、滑稽にしかならない。
しかし、やっぱり、これ、好きなのだ。どうしようもない。どうなってるんだろう。
ところで今日のこの授業中に、ボブマーリーの歌についてみんなの前で発表した人がいた。それに対し、真剣な態度で意見を返す人がいた。真剣なやり取りだった。両方とも、しっかりと互いの顔を見てやっていた。見ていて気持ちが良かった。
先生を含め、クラス中の人がしっかりと彼らを見守っていたと思う。
同じ授業をとっている同じ学部に通っている、ほぼ同い年の人たち一人一人が、一人一人それぞれの経験や知識や感性を踏まえたあらゆることに対する考察や思想を持っていることを、じかに感じた。
そんな気がして、じゃあ私はどうなんだ、という焦燥みたいなものも湧いた。いい感じの焦燥だ。上に行きたくなる。
授業が終わり、いびつでおかしな、だけど真面目さの点では妥協のないつもりのレポートを提出した。
先生は、何を感じ取るだろうか。私たちの書いたものに囲まれて。
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2001年6月26日(火) 呼び捨て
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今日、歩いていたら小学校のときの同級生に会った。「温!久しぶり」
そうやって苗字を呼び捨てにされるのは、本当に久しぶりで、私は「ちゃん」付けで呼ばれるのもすごく気に入ってるけど、そういえば小学校の頃はこんなふうに苗字を呼び捨てられてたっけ、なんて思うと、笑っちゃいたいくらい懐かしい気持ちになった。あったかい。また偶然会えたらいい。楽しい。一気に、色んな人にも会いたくなった。
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2001年6月25日(月)「ノルウェイの森」コース未満
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月曜日の午後は、いつもヒマだ。今日は、友達と信濃町から市ヶ谷まで歩いた。良い道のりだ。緑がたくさんあって、人が少なく、静かな、ちゃんとした大きな道。港区と新宿区の境目で、何故か、はしゃいだ。ボーダーラインっていうのは、人の心に大なり小なり波紋を呼ぶものらしい。
午前中、私たちはとある日本語学校の学生さんたちとの交流会に参加してきた。交流会といっても、彼らにとっては授業の一環で、私たちは彼らの日本語によるフリートークの相手をするような役割だ。これがなかなか楽しかった。上海のあの人民広場で出会った男の子のことを思い出した。とても、穏やかにゆっくりと、こちらの話に耳を傾けてくれたあの男の子。あのとき私が喋っていたのは、レベルが大して高くもない拙い中国語。今日私が喋っていたのは、とりあえず自由自在に使えるつもりの日本語。でも、言語って関係ない。気持ちをこめてちゃんと自分を話そうとすると、結局、母国語であろうが拙くなる。そう思った。今日出会った人たちの、話を聞くよ、という雰囲気は温かく、優しかった。
日本語、中国語。日本人、台湾人、中国人。
私はボーダーラインの視線を、持っていたい。
英語を勉強したい気持ちも募った。
私は、私の英語力が、赤ちゃんのようなものだと知っている。もう一回、ゆっくりと、がんばってみたい。
がんばってみる。時間はまだある。
これはホント時間をかけてやるに足りる魅力がある。
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2001年6月24日(日) 遠出
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土曜日、友達が桃を二粒くれた。
小振りの可愛らしくて形の良い桃だった。
日曜日、私はそれを持って少し遠出した。
梅雨の晴れ間が嬉しかった。昼過ぎて、私は二度目の江ノ電に乗っていた。去年の夏、由比ガ浜の海へ行ったとき以来の江ノ電に乗っていた。小柄の可愛らしい車体が、がたごとと、町を走っていく。
海が見えただけで、はしゃぎたくなるのは、何故か。曇り空の下の、灰色の海。
六月の最後の日曜日に私は、江ノ島へ行った。初めての江ノ島は、一言で言えば、素敵だった。水気のあるところは、やっぱ、いい。水気のあんまりないところで育ったから私は。焼きトウモロコシも食べた。人に慣れた猫もいっぱいいた。たくさんの階段を上って、ちょっと息を切らして、ベンチがあったから、そこに座って桃を食べた。とっても熟れていた。美味しかった。山の緑と、下に広がる海と、そこにいる自分の気持ち。なんだかなにもかもがどうしようもなく、良いものに思えた。
六月、最後の日曜日。肌に気持ちいいものをたくさん吸い込んだ気がする。
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2001年6月23日(土) 幼い日から続く夢
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夕べ、ベッドに横たわっていたら、八歳か七歳かくらいの私が、私の中にいるような気がした。「思い出ぽろぽろ」みたいなんだけど。
七歳か、八歳の頃の私は、何を考えていたんだろう。今よりもずっと、深く濃い、哲学的なことを、たくさん思っていたような気がするのは何故だろう。デリケートだったと思う。通知表に、「いつもにこにこしてて…」と書かれていた。素敵な言葉だ。書いてくれた先生は確かに素敵な人だった。
でも、にこにこしていた記憶って、ほとんどない。あのときの私の心を占めていたのは、何だったんだろう。何が楽しかったんだろう。何にうんざりしていたんだろう。好きな男の子がいたような気がする。その子の夢を、よく見ていたような気がする。よく夢に見ていたから、好きになったのかもしれない。どっちかはわからない。私は、あの子といるとき、にこにこしていたのかな。あの子の顔も、うまく思い出せない。先生の顔なら、甘いぼんやりとした感じの中にくっきりと浮かぶのに。
七歳か八歳くらいの私は、二十一歳の私になった。
私は、何になるんだろう。
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2001年6月22日(金) ソー・ヤング
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何もかもが揃っているということ事と何もかもがないという事はどこか似かよってるかもしれない。
ほんの軽い弾みで、ハッピーにもなれれば、ブルーにもなる。私は私が思うよりも、本当に簡単なのだ。
なんて簡単なんだろう。よくわかんない。よくわかんないことが、いっぱいあって、クラクラするのは、やっぱり、私がまだ若すぎるからだろうか。
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2001年6月20日(水) きおくに。
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仲良しの友達と、わいわいがやがやお弁当を食べるお昼休み。楽しい。呑気で穏やかで平和な時間だ。雨も降ってない。空も、自分達も、とにかく一休みという感じの時間。こういう空間の中にぽこっと座っていられることを、とっても幸せに思う。
私は、写真をあんまり撮るほうじゃない。なぜかというと、一枚撮りだしたら、それこそ見境なく目に映るものすべてを撮らなくちゃ気がすまなくなるからだ。自分のそういった「傾向」をはっきり自覚してから、私はあんまり写真を撮らなくなった。そしてその代わり気に入った瞬間の絵を、切り取ってとっておく術を身につけた。
たいそうなことじゃない。手帳にメモするだけだ。手帳にちょこちょこっとメモをしておけば、これがなかなか。
あとで見たとき、ちゃんとその絵が浮かんでくるのだ。
幸福にも、楽しかった瞬間がたくさんあった日にはいっぱいいっぱいになる、文字数。
うんざりするような一日の欄には、適当に落書きしてごまかす。
これが全てではないが、とりあえず、今の私にとって、結構大切な記憶抽出装置。それが手帳メモ。
ちなみに、写真を撮ってもらうのは好きなのです。
明日も、素敵な日になるといい。
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2001年6月19日(火) 「バネみたい」という科白
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「体の中にバネがあるみたい。階段を降りていくバネがあるみたい」
色々あったらしい友達はそう言った。
不謹慎ながらも、なんて素敵な表現なんだろう!と思った。
今日はとっても蒸し暑い。
夏の格好の人が、とっても多い。
授業が終わったあと、廊下の窓の外を眺めた。六階からだったから、結構、遠くまで見えた。とりあえず、帰っていく人たちが門を出て行くところや、ベンチに座ってお喋りしてたり、煙草を吹かしてる人が見えた。キャッチボールをしている男の子たちも見えた。空では、ちょっと濡れたような薄く長い雲が、不安げに広がっていた。夕焼けらしき淡い光も、薄っすらとのびていた。「体の中にバネがあるみたいな」友達と、並んで、そういう景色を見ていた。風が気持ちいい。
十年後に、いきなり、今見ている景色の写真を突きつけられたら、どう思うのだろう。何のことか思い出す前に、懐かしいって思ったりするのかな。
十年経ってみなくちゃ、わかんない。
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2001年6月18日(月) 空白
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日記をまるきりつけなかった日って、何があったのか一見忘れそうなものだけど、これが意外と、じっと真剣に前後を見回せば、なかなか強烈な、記憶に残っているようなことをやったり、したりした、そういう日だったりする。そういうときって、結構、言葉が出てこないんだものね。一応、あちこちから言葉を引っ張ってきて、とりあえず並べてみたりしてみるんだけど、なんかだめなんだよ。どうもこうも、陳腐な気がしてしまう。ちょっとした熱に浮かされているものだから、どんな言葉も、自分の気持ちにぴったりそぐわない気がして、いやんなっちゃう。きっとまだ、体験が、うまく昇華されてなくて、ゴロゴロしてるせいなのだ。
幼い頃、こういうことがまだ全然わかっていなかった頃、興奮した日の夜、つけた日記は感嘆詞が多かったような気がする。感嘆詞。素直だったと思う。
日記の中身が長文であろうと、空白であろうと、私にとっては(誰にとっても)、一日一日、一日たりとも途切れることなく確実に存在し、過ぎてはやってくる。心はそれを知っている。
この世に唯一ある確実なものって、結局、形に残るようなものじゃないらしい。
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2001年6月16日(土) 憧れの人
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15日の金曜日、
「Earth Day Forum」という、坂本龍一がプロデュースしたフォーラムを聴講しに行った。地球環境問題について、何人かの人たちが対談していくというイベントだ。この日が楽しみでたまらなかった。当日は、大好きな芸術の授業をサボった。いつもよりも早起きした。おかげで、一番前の席に座れた。正面ではなかったけど、とにかく一番前だ。
舞台袖にいた坂本龍一を見たとき、興奮した。ホンモノだ、と思うと、ぞくぞくぞくぞくした。舞台に上がった坂本龍一を見て、緊張した。ただ見てるだけで、なんか緊張した。
フォーラム自体の内容も然ることながら、生で坂本龍一を見たことが私には刺激的で貴重な体験だった。坂本龍一の手指は、ほっそりとして長く綺麗だった。話題が面白い方向に行くと、目がきらっと光って、そういう横顔も、すごく魅力的だった。
地球について考えるのが目的のイベントだったけど、聴講した私は、何よりも、ゲストの人たち(みんな男性だった)一人一人がなんて「違う」んだろう、ということを感じて興味深かった。一人一人の人が語る内容はもちろん、語り方、雰囲気、頷き方、納得の仕方とか、明らかに「個人的」で、しかもどの人もそれに年季が入っていて、かといって頑なではなく、チャーミングで、面白かった。人ひとりが一人分の「宇宙」なのだとまた思う。
ともあれ、わくわくしながら、わくわくしっぱなしで年齢を重ねていった男の人たちは本当に魅力的だ。分別のある上で、少年っぽさとか、ヤンチャさとか、ときどき顔出しする、そういう人たちって、やっぱり憧れる。そういう年齢の重ね方を、私もしたい。
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2001年6月13日(水) 病的だった
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はまり方が、暴力的だったように思う。レモンキャンディー、最後の一粒を口の中にいれた途端、私は気づいた。もう見たくもない。昨日まで舐めつづけていたレモンキャンディーに、私は今夜はっきりと飽きてしまった。あの甘酸っぱさを、今は、憎たらしいとすら思う。
はまり方が、病的だったのだ。
いつかは飽きると、わかってはいたけど、まるでそうなるのが早まるように、むさぼるような勢いでレモンキャンディーに手を出していたような気がする。
はたして私は、本当にレモンキャンディーが好きだったのかしら?
最後の十粒くらいは、もう味なんか感じてなかった気がする。レモンキャンディーが納まっていた容器を空にするために、なんて極端なことはないけど、とにかく食べなくちゃ、という感じで食べていたような気がする。
ほんとうに好きだったら、こんなやり方をしない。こういうはまり方はよくない。暴力的だ。
さようなら、レモンキャンディー。
美味しかったときのことを、思い出せるようになるまで、しばらくさようなら。
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2001年6月12日(火) 「フェミニズム論」の授業
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田嶋先生は言った。
自分の感情に疎遠になっちゃダメだよ、と。
心を押し込めてばっかりいると、自分がいつ悲しいのか、苦しいのか、切ないとか、わかんなくなっちゃうんだとさ。心が健康でいるためには、自分の感情に誠実になることが必要だとさ。
私たちはみんな、多かれ少なかれ、外側からの情報、凝り固まったものに知らず知らずのうちに指図を受けている。誰かの作った「理想」に自分を押し込もうとするとき、途中でがんじがらめになってしまう。それでもまだ自分が何かに「支配」されていることに気づかないままでいると、「理想」からはみ出た自分は、ひたすら歪んでいく。おかしいものとして残されたその部分は、灰になっていく。ちりぢりだ。
男だから泣くんじゃない、と言い聞かせられ育ってきたら、うまく泣くことだってできなくなってしまう。女だからやさしく慎み深くいなさい、と言われ続けたら、何かを強く望んでいる自分を恥ずかしく思ってしまう。
先生は、テレビでだと恐い顔がいっぱい映るし、きつくて刺激的な意見をたくさん喋っているように見える。ちょっと仰々しいとこばっかりクローズアップされている気がする。
先生が本当に望んでいることといったら、一人一人の人が、その人自身の心から湧き上がる自然な感情を、自由に解放したり表現できる、そういう社会を作ることなんじゃないのかな。
自分はもちろん、大切な人に対しても、勝手に作り上げた「理想」の箱に押し込めるのは止めなくちゃね。入らなかった部分が、折れちゃう。ぽきぽきっと、折れてなくなっちゃう。哀しいでしょ?絶対、止めたい。
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2001年6月11日(月) あいまい
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夕立がいつやってくるかわからない。心が脆いほうに片寄っているときに、こういう季節に踏み込んでしまったら、雲行きにだってびくびくしてしまう。20歳とか21歳って、思うほど丈夫なもんじゃないし、思春期を過ぎたって壊れやすい時期がないわけじゃない。とは言え、私は私の丈夫さもちゃんと信じている。
ところで、最近、私を知らないうちに汗ばませてしまうものの正体は、この季節特有の湿り気だ。暑いとか寒いとか、全然わかりやすくないのに、かなり確実に私に影響を与える。 曖昧なフ抜けたものの、勢い。明確じゃないものの力ということについて考えると、世の中の広さと深さがまた怖くなって怖いことが嬉しくなる。
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2001年6月10日(日) レモンになったり。
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日曜日の午後、出掛ける前に今朝方見た夢のこといを思い浮かべる。なんと夢の中にまで檸檬が登場した。正確には檸檬じゃないかもしれない。蜜柑だったかもしれない。オレンジだったかもしれない。とにかくひんやりとしたまるい果実を手にとった感触が残っている。
なんでこんなに、気になるのだろう。あの丸い果実。
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2001年6月9日(土) レモンキャンディー
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檸檬が好きなようだ。この頃の私は。檸檬キャンディばっかり口に入れている。甘酸っぱさに病みつきなのだ。いつだったか、先々月くらいには、ふとした拍子に板チョコレートに夢中だった。銀紙に包まれたあれを、ぱきっとちょっとずつすこしずつ細かく切って口に入れるのが好きだった。でも、今は、それに対して全然魅力を感じない。心を、檸檬キャンディー(時折醤油せんべい)だけが埋め尽くしている。
そのせいか、梶井基次郎を読み出してしまった。
はっきりしてることはひとつ。私は、本とか小説とかが、やっぱり好きなんだ。
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2001年6月8日(金) 私の素敵な夜
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スクリーンの中のTHE YELLOW MONKEYに釘付けだった夕べの深夜。暗い部屋でひとり、テレビを前に興奮していた。今、これを書いているそばには、夕べのそのライブ放送を録画したビデオテープがある。「好き歴」はごく短いけど、私はイエローモンキーがとっても好き。スクリーン越しだけど、舞台上で歌う彼らの姿から、刹那―ライブをしているという空間・時間そのもの―に対する強烈な集中力というか「そこ」を作っていこうとする、楽しんでいこうとするパワー感じて、気持ちが良かった。気持ちが良く幸せだった。 ※
心の底から、くらくらするほど、私はこのバンドが好きらしい。ボーカルの吉井さんが、観客にむかって、
「WE LOVE YOU!」と叫んだとき、わあい、って思った。
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2001年6月7日(木) きゅっ、きゅっと。
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ここのとこ、毎週のように見ているドラマがある。木曜日の夜、私は毎回、そのドラマに圧倒され、息苦しくなる。今日も、ついさっきまで見ていた。やっぱり、息が詰まりそうだった。ドラマをそんなに見るほうではない私だけど、今回のあのドラマには、毎回、引き込まれてしまう。見たあとは毎度もの凄く疲れているのに、見ずにはいられないのだ。
なんだか、涙腺というか体の中のあちこちに潜んでいるちっちゃな栓たちが、一斉にきゅっと締め付けられるのだ。何かに圧倒されたと実感したとき、人って、泣けてくるものらしい。
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2001年6月6日(水) かわいい店員さん
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六月六日、雨ざあざあ。
久しぶりに、寒いっていうことを思い出した朝だった。私のほとんどいつも通う学校近くのお弁当屋さんのお姉さん、今朝も笑い顔が素敵で、嬉しくなった。
朝っぱらの店商売、大変だろうに、ああいう笑顔をお客さんに見せてくれるなんてかっこいい。営業とも違う、なんか素朴な笑顔っていう感じ、そう感じさせてくれる。 この世知辛いスピード重視な慌しい都会の中、ぽつりとそういうのって、心にやさしい。すさんだ心に、水が広がる。
ありがとう、お姉さん。
例の如く、あんまり書くと、次行くとき照れるんで、もう書かない。
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2001年6月5日(火) かっこいいって。
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EGO−WRAPPIN'を聴いている。と、思春期の少女のように、夜中、暗い部屋にひとりでひっそりといることが重要な気がしてくる。昔は、夜明けなんて遥か遠くにしかなく、夜はいつまでも続くような気がしていた。なのに今は、気づくとすぐに朝なんだ。
真夜中に一人で、何をしているかというと、布団の上に転がって(最近暑い夜が続くのでもう布団にはくるまれない)、本を読んだり、死んだって人には絶対見せたくないような短い文章をノートに書き付けたりしている。
考えていることといえば、
―ああ、かっこいい人になりたい。私がかっこいいと思うものって、どんなんだろう。何をどうしたら、かっこいいってものが出来上がるのだろう。
なんてことばかり。
最近、かっこわるい街道まっしぐらの私にとって、夜のこんな時間は、とってもいい。気楽に、癒される。
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2001年6月4日(月) ペシミストガール
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どうも、余計なことばっかり考えてしまう。
歩くとき、きれいな人がすれ違えば、その人のきれいさが羨ましくなってちょっとだけブルーになるし、全然きれいとは程遠いような人がさわがしく通り過ぎると、ケンカを売られているような気がしてイライラする。どっちでもないような人だと、そんなふうに中途半端でいいのか、と挑発的な気持ちが生じる。
季節のせいか、体調のせいか、自分で自分をどうしようもなく生き難くさせているフシがある。そして、生き難くさせているこの心持があることに、どっか酔っている部分もないとは言えない。
ただの馬鹿じゃないか、私。
こんな自分に、呆れてる。
呆れつつも、自分なんだから、なんだかどうにか可愛がってあげなくちゃと、今は奥に引っ込んでしまっている自分のいい部分をどうにか引っ張り出さなくちゃな、と思う。
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2001年6月3日(日) ドリーミング
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こないだ、おかしな夢を見た。
なんだかその夢を見たあとから、私はおかしい。
他人の夢の話は、退屈でつまらないものだから、内容は置いておくとして、とりあえず、このごろ私は、おかしな夢をいっぱい見る。すべて覚えているわけではないけど、色んな夢の中身を断片的に覚えている。そしてくらくらしてる。
夢は小説書くことに似ている、私。
経験したことのある手触りだとか、気持ちだとか、気持ちの動き方や流れ方だとか、味やにおい、色の感じ、思いもよらない結びつき方で形になって現われてくる。記憶の底に閉じ込めておいたはずのモノが、思いがけずにひょっこり顔を出し、再び私をくすぐったり、困らせたりする。断片的な何かと何かをより集めることによって、何かを懸命に再現して、あたらしい何かに私を導いていこうとしているようで。だからきちんと導きについていけないと感じると、くるしくなる。
いろんな感触を経験すればするほど、夢はバラエティーに富んでいきそうだ。それは果たしていいことなのかしら。誰もがそうなように、私という箱の中もやっぱり、果てしない。
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2001年6月1日(金) earnest
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松の木にもたれかかって、草の中にすわっていた。すこし前は、サキちゃんと一緒にちっちゃな木苺を二粒、食べた。赤いのはまだ酸っぱくて、青いのは甘かった。雲は、薄くひらべったく空に広がっていた。
「芸術」の授業、今日の課題は「感じる」だった。先生がくれたプリントに書かれた先生の言葉。「五感を働かせ、自然を感じよ。視・聴・嗅・味・触。自然のにおい、自然の音、自然の肌合い…感じよう」
そして先生は、私たちみんなを外に連れ出した。
外堀を歩きながら、私たちは「感じる」ことに意識を働かせたのだ。
なんだか小学生になった気分、思わずはしゃいだ。
はしゃいだあとは、草の上が心地よくって、動きたくなくなった。
座っていると、同じ授業に参加している男の子が、ちょっといい?と言って、カメラのレンズを向けてくれた。ちゃんとした格好のいいカメラだ。私は、私のぼんやりとした様が、彼の「創作意欲」をちょっとでも掻き立てられたんだなあと思うと、妙に嬉しかった。嬉しくて、うまく笑えなかった。
五感を開くことを、試したくなるときって、ときどきあるものだ。
逆に五感のどれかにふたを閉め様と思うときもある。
感じることって、すごいことで、簡単じゃない。
感じることって、だけど、難しくない。
だから今日の授業、私は息を吸い込みながら、感じることを感じていた。
先生は、私たちに私たち特有の、私たち各自自身しか持ち得ない「テーマ」、何かを表現するための強烈な「モチベーション」を掴んで欲しいのだと思う。先生の授業に出るたび、先生が何かをしゃべるのを聞くたび、そういうことをひしひしと感じずにはいられない。こんな私たちを、そうやって刺激させる先生って、すごいと思う。
昨日のことになるけど、昨日も私は、ゼミの先生に対して、明確な「尊敬」の気持ちを抱いた。こんなふうな身近なところに、心から素直に「尊敬したい」と思う存在があることの幸運を、ありがたく思う。
三年生になってからというもの、学校の、授業の、私にとっての「意味」が前よりもはっきりと見出せるようになってきた。
試されているな、と思うのだ。感性とか、想像力とか、表現力とか。そんな程度でいいのか、もっと来いよ、みたいな。
そんな授業、そういう教授が、何人かいる。
刺激的だ。食いつきたくなったり、焦ってしまったり、もどかしかったり、でもやっぱ食いついてやろうと思う。
私は、授業を通して、自分に備わっている様々な可能性を拡大させていきたいのだ。
中学校のときも、高校生になってからも、私はずっと、比較的マジメな学生だった。
だけど、私は、今までの人生において、大学生である「今」が、自分、すごく「優等生」だと思う。
やってやるぜ。
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