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ON日記

since 2001.7.1〜7.30

2001年7月30日(月) 夏休みから始めよう

 今日はおもちゃ屋さんで、浮き輪を買った。泳げない私の、海での必需品。
 明日から、三泊、八丈島へ行くのだ。
 足はもちろん、船。
 気分は「八丈島夢漂流」。私は一体、何を見るのだろう。ああ、船は本当に久々だ。
 船上の夜、海を眺めることを思うと、こころが疼く。
 私のこころは、船越しに海を感じながらどんなふうに反応するのだろう。
 海を前にして、センチメンタルなロマンティックな、そういう気持ちになるのかな。
 しかし、もうひとつの大きな楽しみがある。
 この旅は、なんと女ばっか7人で行くという、「ガールズ合宿」なのだ。はしゃぎまくること間違いなし。げんに私は、浮き輪を選ぶときに水鉄砲を買おうかどうかマジメに迷った。結局買わなかったけど、水鉄砲を買おうかどうか迷ってしまうという、準備段階でそういう気持ちになるような旅なのだ。
 センチメンタルもよし。ロマンティックもよし。偉大なる海に宇宙の神秘を感じるのもよし。女の子は強い。八丈島で、私たちは、大いにはしゃぎ笑うだろう。
 というわけで、一足早く、サヨナラ、7月。
 あなたもとびきり素敵でした。

 

2001年7月29日(日) 怖い話

 2日間、涼しい日が続いた。真夜中にテレビをつけたら、映画をやっていて、外国の田舎町が映し出されていた。長く続く道も、はるかな空も、画面全体の色彩が淡い。綺麗だけど、どこか不吉な感じのする雰囲気だった。なんとなく目の冴えていた私は、布団に包まりながら、それを観ることにした。
 それはスティーヴン・キング原作の「ペットセメタリー」という映画だとあとで知ったのだけど、とりあえずホラー映画だった。
 確かに、怖い話だった。でもそれ以上に哀しい話だった。(ホラー好きな人からしてみたら映画の恐怖度は大したことないのかもしれないけど)。
 映画を観ながら思った。
 愛するものを突然失ってしまったときの、恐ろしい空洞は、人をおかしくする。壊す。愛するものを不慮に失うということは、ある意味、幽霊に殺されることよりも恐怖だ。よく言われていることだけど、何かを愛するということは、恐怖を絶えず抱きつづけることでもあると、本当に思う。そして愛されるということは、誰かにその恐怖を抱かせるということでもある。 それでも、私(たち)は、何かを愛したり、愛してもらったりせずには生きていけない。なんか、泣けてくる。

 

2001年7月27日(金) 

 今日は風が強い。空には雲が広がっているけれど、ところどころが淡い水色だ。さあて、去年の今ごろ、私は何をしていたのだっけ。おんなじように、やってきた夏をしみじみと観察していたのかな。
 おとといの夜、すごく怖い夢を見た。
 「おまえが書いた小説は、最低だ。子供だましで、全く意味がない。強いものを何も感じさせない」
 と知らない誰かに言われた夢だった。
 目が覚めたあとも、とても怖かった。
 夢でよかった、という気持ちよりも、自分が潜在的にそんなこと思ってたことが怖い。私の中にある「危機感」は、もう目前に迫っている。迫り来る危機感があるというのに、私はまだ成す術を見つけてない。確立していない。成す術、見つけなくちゃ。
 あんな夢見たって、やっぱ、捨てられないんだよね。
 私は私のなかにあるものに、自信はある。
 具合よく焦燥しながら、具合よく気負わずいきたい。

 

2001年7月26日(木) 花火だ。

 今日も海だった。
 みんなで花火大会に行こうと、前から決めていたのだけど、夕べ天気予報を見たら「明日は雷雨です」なんて言っていて、それじゃあ花火は延期して普通に遊ぼうということになった。
 そして、ゆりかもめに乗ってお台場に行った。
 空は、曇り空で、高層ビルやでっかい橋、海、眺めながら何をするのでもなく私たち6人は一緒にいた。
 海には透明な体のくらげが、ふんわりと浮かんでいた。海と、そのうしろに控えている街を眺めるのに飽きて、おなかも空いてきて、私たちは建物の中に入った。
 ご飯は「小香港」という中華街ブロックの中にあるレストランで食べた。
 おなかいっぱい食べた。
 また外に出た。
 夜景はひたすら綺麗だった。
 砂の上にしゃがみ、それぞれのことをくだらないことも含め、端的に語り合った。
 なんとなく、帰りがたいような、過ごしている時間を締めくくるのが名残惜しいような、そんな気持ちになったのは、私だけかな。
 帰りのゆりかもめ乗り場から、夜空の中、色とりどりに光る観覧車を見た。
 花火みたいだ。
 これが今日の私たちの花火だ、と話して笑った。
 結局、雷雨なんてなかったけど、花火大会とひきかえに、この海浜公園でみんなと一緒にいて楽しかったということ、手に入れたなあと思う。

 私は、みんなのこと好きだ。

 

2001年7月25日(水) アンバランス

 本物になりたいと思う。
 よくわからない。
 ときどき強く思う。
 私は満たされている、という気持ちと、私には何もない、という気持ちが、せめぎあっている。
 どちらも間違いじゃない。
 どちらも正しくはない。
 よくわからない。
 結局、私は未だ、全肯定と全否定の両極を、行ったり来たりしている。
 そういう自分に、私は、いとおしいあまり苛付く。
 私は、まだガキだ。手におえない。笑いたい。

 

2001年7月24日(火) わたしの中にも海?

 夕方六時。裸足になって、人気のない海で遊んだ。お水はそんなに冷たくないけど気持ち良かった。波の打つたびに、足元の砂がじわりと盛り上がる。
 砂浜の波の届かない場所に、鞄や荷物が四人分、無防備に置かれているのが見える。
 海はあくまでも海で、水平線はまっすぐと、きらきら光っていた。
 センチメンタルな気分にでもなろうかな、なんて思ったけど、そんな風にはなれなくて、私は実感していた。
 今、この瞬間、私は楽しい。
 それは、自分でも驚くくらいの純粋な感情だった。
 あっちでは、エミちゃんがどっかから拾ってきたバケツを引きずって海と遊ぶのに夢中だし、こっちでは、おかあさんとしんちゃんが、いつものように最高に波長のあった駄洒落合戦をしている。
 私はそこで、海を前に、はっきりと感じた。
 「感情」って、自分の「中」にあるものなんだと。
 私が嬉しいとか楽しいとかいう「感情」は、なんてことない、私自身の中にある。
 海や、いとおしい友達や、きれいな日暮れ時の空なんかが手伝ってくれるおかげで、私は私の中にある感情が動くのを知る。そしてそれを身体全身で味わうことができるのだ。
 しあわせな気持ちのときには、そう思わせてくれた周囲の人や出来事に感謝したい。それとおんなじ調子で、そう思っている自分も褒めてあげたい。今日、そう思った。
 夕方七時。私たちはサンダルを片手に、裸足でもと来た道を歩く。この海では遊泳禁止だという張り紙の横をすりぬける。四人で、なんかかっこわるいね、なんて言いながら足の砂を払った。それすら、私は楽しかった。
 それでは、おやすみなさい。

 

2001年7月23日(月) としょかん

 夏って、外を歩くだけでもくたびれる。
 授業もテストもなかったけど、用事があったから学校に行った。その用事を済ませ、私は、学校内のちっちゃな売店で、ペットボトルのお茶を買った。ところが、蓋がすごく固くってなかなか開けられない。途方に暮れかけた私は、こんなときに知り合いにでも会えればなあなんて思った。開けてくれる?とお願いしたい。結局、誰にも会えなくって、なんとか自力で蓋は開いた。
 せっかく学校に来たんだし、図書館にでも寄っていくか、と思った。図書館に行ったら、知り合いがたくさんいた。蓋のことを思い出して、もうとっくにそれは解決済みだったというのに、嬉しかった。
 そんなわけで今日私は、図書館のでっかい本棚と本棚の間とか、広い広いテーブルとか、そういう場所で、思いがけず知っている誰かに遭遇すると、その人が親しければ親しいほど、しょうもないほど嬉しくなってしまうものだと、発見した。

 

2001年7月22日(日) 長いスカート

 あくびをした。私は本屋さんからの帰り道で、その本屋さんを出ると目の前は広場みたいになっていて、そこにはいくつかのベンチがある。日は暮れかけていて、涼しかったから、ちょっと一休みすることにした。のっけから私は煙草なんて吸ったことないけど、もしも私がスモーカだったら、こういうとこで一服も悪くないわね、なんて思いながら。大好きなCHARAが表紙の「SWITCH」をめくっていると、隣のベンチでは一組のカップルが休憩中。ボリュームを低く落とした声で、囁きあうようにおしゃべりしている。女の子の方が、ふんわりとした長いスカートをはいていて足もとは素足にスニーカーだった。おしゃべりの内容までは当然聞こえてこないけど、なんだか真剣な感じだった。休憩というよりは、彼らにとって、このベンチに今座ってることって、一日のうちでとっても重要でもしかしたらメインなのかもしれない。そのうち、女の子のほうが笑い声をあげた。それを聞いて、何故かほっとした。「SWITCH」に落としていた視線をあげると、光を含んだ雲や含みきれていない雲が、折り重なって空の上を流れているのが見え、ちょっとだけ、気分的に目が眩んだ。あくびをした。私は「SWITCH」を袋の中に仕舞い、ベンチから立ち上がった。
 カップルの方は見ないようにして、気取りながら帰り道を歩いた。
 夏だな、と思う。

 

2001年7月21日(土) 「バクダット・カフェ」

 あの太ったおばちゃんが私には天使に見えた。うんと素敵な映画だった。全体の底に漂う「哀しみ」みたいなものが、ふんわり押さえ込まれ、余った部分が浮かび上がって、物語の空気をハッピーな感じにしている、そんな印象がした。「哀しみ」を作っている要素のひとつが幸せだとは。凄いことを発見したような気がする。もっともっと考えたいテーマかもしんない。
 
 何に対しても全肯定か全否定しかでき得なかった高校生の頃と比べて、今の私は、映画や小説を、もっともっと曖昧に楽しめるようになった気がする。「こんなのリアルじゃない」とか、そういうこと、もう気にしなくていいと思ってる。物語そのものが美しければ、現実的にはあり得ないようなことだって受け入れていいのだと。何かすごく強い、作り手がどうしても人々に訴えたい何か、とか、伝えたい事柄、とか、見る人を惹き付け得るであろうに違いない何か、を潜めていれば、それを人々に感じさせるために、現実世界ではリアルじゃない「リアル」を用意したっていい。
 そういう基本的なことやっとわかってきたような気がする。
 前期の大学の授業で、古典文学を教えていたK先生がこんなこと言っていたのを、思い出している。

 「平家物語内において、平清盛が死んでいくシーンっていうのは、現実的に考えるとありえないような大げさな描き方をされています。清盛が100℃の熱を出したとか、その額に水をかけたら熱すぎて蒸発しちゃったとか。また、別の戦いのシーンでは3万人対7万人の壮絶な戦いだったなどと記述されてますが、歴史書によると実際にはその戦い、何百人単位同士のものでしかなかった。こんなふうに清盛の病気の描写も、戦った人たちの人数も、『平家物語』自体をドラマティックに、面白くするための、確かに嘘ばっかりなんだけど、でもこれらのことは『平家物語』という物語の世界の中では紛れも無い事実なんだよ」

 

2001年7月20日(金) 桃みたいな。

 引き続き真夜中の映画鑑賞。夕べは「イルポスティーノ」を観た。ずっと前に彼に、何かお薦めない?と聞いたとき教えてくれたうちの一つがこれだった。
 これが、とってもとっても、良かった。
 お日様の光が、やわらかく美しく、せつない。
 人々が、やわらかく美しくせつない。
 スクリーン越しに、その光がこっちに届いて、観ながら私は心についた硬い皮が静かにめくれていくような気持ちになった。やわらかい傷つきやすい部分が、脈を打つ。こういうものが自分の中に、実は、ちゃんと存在しているということ、忘れたくない。
 そして今日はまた遅起きして、お昼ご飯を食べたあと、妹と本屋さん&CD屋さんに出掛けた。暑い町の中を、二人で歩きながら、ずっと前から欲しかったけどなかなか機会がなくって買えなかった「SLAMDUNK」の完全版を、一冊ずつ買って、二人でにこにこして帰ってきた。夏休みだし、ご褒美だ。夕ご飯のあと、二人でソファーに沈み込みながら、懐かしい気持ちで夢中になってそれを読んでいた。
 なんにだって通じるけど、読み手や聴き手の心をたとえしばしの間でもぎゅっと掴むものって、作り手の真剣さがあちこちに滲み出てるものなのね。
 感動している。

 

2001年7月19日(木) 昼ねのしあわせ

  映画「シド&ナンシー」のビデオを借りてきて、真夜中にひとりで観ていた。
 爆発的で破滅的で。でもすごく純粋で。観ながら、感情っていうのは出し惜しみしないでありのまま外側に晒すと、こうなってしまうんだなあと思った。良かった。
 そのあと、布団にもぐりこみ、今日は朝をまるごとすっかり失うくらいまで眠っていた。
 今日は、お休みを満喫したなと思う。たくさん眠った。昨日から読み始めた本をそばにおいて。お昼ご飯食べてひと散歩終えたあとにまた。外が明るい中、転がってるのはいい気持ちで。
 せっかくのお休みなのに眠ってばっかりなんて、もったいないじゃない、って思うこともあるけど、今日の眠りはとってもいい感じで。たくさん見た夢の一個一個が、とっても鮮明というか気持ちいいものとして私の前にあった。そんな感じでした。こういう昼寝は、ちっとももったいなくないと確信した。まあ、たまにはね。

 

2001年7月18日(水) 「甘い妄想」

 三分くらい前、初めてチャラの新しいアルバム『マドリガル』をかけた。CD屋さんに行って帰ってきたのは、もう7時間くらい前、お昼時のお話なのに。夕日が溶けて、空が暗くなって、私はお風呂からあがって、それまでとっておいていたのです。
 そして…、一曲目の「ボクにうつして」。いきなりもう泣きそうです。私は、ほんとうにほんとうに、チャラが大好きみたいです。心が勝手にどんどん反応しちゃうのだ。
 こんなふうに思える人(歌)があることを、とっても幸福に思う。今日、読み始めた本も、とってもいいし。
 素敵な夜になりそうです。

 

2001年7月17日(火) さよなら、ラッシュ。

 ついにレポートラッシュが終止符を打ちました。一息つきながら、軽く振り返ってみると、結構、大変だったなあって思う。私は今期、全部で11個の授業を履修したのだけど、たまたまそのうちの7個がレポートによる成績評価で、たまたまその7個の提出期間が先週火曜日から今日までに片寄ってしまったのです。土日があったから、なんとか救われたものですが、よく考えると、無我夢中だった。ラッシュの真っ最中は、怖くって、そこらへんのことなるべく考えないようにしていたんだ。
 (そのわりには日記読み返したら、夏祭りとか焼肉とか甘いことやっているところが甘いな私)。
 私は、レポートを書くとき、目標があって、それというのは、レポートを一個書くごとにそこからひとつでもいいから、書き終わった自分が喜べるような新しいことを悟りたい、っていうことなのです。つかんだことは、新しくなくても、今まで思ってきたことの再実感とか、そういうのでもいいのだ。
 教授の判定は、Aだとそれはすっごく嬉しいけど、そんなことより私はこの自己満足を優先してやっているので、レポート書きも楽しかったりするのです。
 そんなもんで今回は、この目標がちゃんと達成できたかなと思えるから嬉しい。しかし書きながら自分の知識不足や、非論理的さに、歯がゆい思いもしまくりでした。まだまだ、私って成長の余地が、広大のようだ。
 フロンティアスピリッツ、枯らせません。

 

2001年7月15日(日) 怖い夜

 一週間まるまる、レポート書きに費やしていた頭ん中は、知らないうちに、結構、疲れてたみたいで、明後日締め切りのレポートがあと二つ残っているし、夕べは早寝しようと決めた。ところが、真っ暗にした部屋の中で、なかなか寝付けなかった。生活が、ほぼ昼夜逆転になっていたせいもあるかもしれなかった。
 だけどなんだかちがうのだ。なんだか、怖い夜だった。胸の内側がざわざわとしていて、なんかすごく、すごくひとりぽっちになったような、何かから切り離されたような感じがして、自分がそこにいる気がしなくって、怖かった。そのうちに寝入ってしまい、そして夜は消えたのだけど。
 実は、こういうことって、ほんのたまにだけど起きる。こういう夜って、ほんのたまにある。振り返ってみれば、別に変哲のないただの寝付けない夜の、言ってみれば、わざと怖いものを考えてしまった、それだけのことなんだけど。内面がやけに拡大して、おかしくなってしまう。いつも潜んでいる不安感が必要以上に流れ出しちゃってしまう。こういう夜ってある。
 気持ちのブレを滑らかに穏やかにするための調節機能が働いて、そのせいで、私はこんなふうな夜を通過したのかもしれない。怖かったけど、これで、落ち着けるのなら、悪いことはない。

 

2001年7月14日(土) family

 お父さんが帰ってきていて、土曜日だったから、家族揃って焼肉を食べに行った。
 おなかいっぱいになって、けらけら笑って、私は今年21だけど、覚えている限り、ホントにもう数え切れないくらい、こんな夜を家族みんなで過ごしてきたなあと思う。
 娘は、大きくなっても、やっぱ娘で、私は両親に対する自分の気持ち、温かくてポカポカしてる気持ち。
 当たり前すぎてあることを忘れてることが多いんだ。
 こういう気持ちを、どうやって、あの人たちに伝えたらいいのかなあとか思うと、もどかしくて、切ない。
 とにかく、幸せになんなくちゃ。

 

2001年7月13日(金) 夏祭り

 学校が終わったあと、仲良しの友達たちと夏祭りに行った。学校のすぐ近くのでっかい神社。よくわかんないけど、熱気やら、ポップコーンの香りやら、ヤキソバやたこ焼きの香り、カキ氷の透きとおった色とりどりのシロップ、盆踊りしてるひとたち、音楽、浴衣姿の女の子たちや、ちっちゃい子、じんべえ姿の男の子、私たちは短い石の階段に腰を下ろして、団扇で風を作っていた。
 ちょっと啜ったビールが美味しくて、嬉しかった。
 今夜、ここで幾つの恋が芽生えているのだろうか、と思う。ホワイトベリー、じったりんじん。あの歌が好き。
 少々切ないこともそりゃありますが、人を好きになるっていいものだ。甘酸っぱい。
 まだまだ、テスト期間は終わってないけど、小休止。
 来週もがんばらなくっちゃね。
 誰しもがそれぞれ何かとがんばっている今日この頃。

 

2001年7月12日(木) つるんとしてて、きれいだ。

 夕べ、今日提出のレポートを書いていたら、知らないうちに空が白々としていた。呑気な気持ちでい過ぎたようだ。キーボードを叩く手、少し早めた。焦ってしまう。「暗闇がなくなってきた」とは言っても、やっぱり、夜の空って暗い。明るくなっていく感じは、準備万端じゃない者にとってみたら、切ないものだ。
 私は、夜明けの空気を、なんにもしないで思い切り吸いたい。
 そういうのがいいな。そういうのっていい。
 そんなことを思って、もう一度窓の向こうを見る。
 天気が今日もいいらしい。つるんとした空が青みを増していく。
 きれいだなあと思った。
 そんな今日、学校からの帰り道、暗くなっていく空を見ていた。朝とは逆で、それでも空はつるんとしていて、きれいだなあと思った。
 空をきれいと思ったせいか、すごくはっきりとここには自分がいるんだ、という気持ちになった。
 今夜も、頑張ろう。

 

2001年7月11日(水) アカデミックガールの考察

 空が夏になっていた。水色と、もくもく雲。学校のホールの、でっかい窓からの眺め。でっかい空が見えて好きだ。
 忘れがちだけど、学校の「楽しさ」って、純粋に、授業の面白さ、授業をする教授の魅力、そういうとこな部分もあるのね。
 今期は、全体を通して、タメになる授業が多かった。 
授業で展開される話やそれを語る先生。私は、いつもそこから、とにかく何かを掴みたいなあと思っている。何かっていうのは、ほんの些細なことでもいいから、私にとってすごくプラスになるような作用のことだと思う。
 たとえば、すごくたくさんのインスピレーションとか明るい突き抜けた気持ちとか。
 逆に、このままじゃ満足してたまるかって思わせてくれるような闘争心、向上心を揺さぶるきっかけとか。
 今期は、全体を通して、私にそういうものを与えてくれるような授業がとても多かったように思う。
 なんだか、そういう授業に限って教えてくれる先生がみんなどこかおかしくて、マイペースというか。
 強い信念持ってるんだろうな、仕事が楽しくってしょうがないんだろうな。楽しくってしょうがない人は、やっぱ魅力的なんだな。
 タメになった。すごく。私も、「楽しくってしょうがない」大人になんなくちゃ。なりたいね。
 (なあんだ、私ちゃんとアカデミックガールしてたんだ)

 

2001年7月10日(火) 心

 嬉しいことがあった。芸術の先生からメールが届いたのだ。たった三行、内容もごくシンプル。四月の頃は、私の名前すら知らなかっただろう先生が、こんな風に、言葉を綴ってくれたこと、私は、感動した。
 心惹かれる人に対して、誠実に接していこうとすれば、相手が心ある人ならば、その分だけ、心が近づくんんだなと思った。勇気が湧いた。これからも、大切な人たちに誠実でいたい。

 

2001年7月9日(月) そして私は

 隣の部屋では妹がハイロウズ「リラクシン」を聞いている。なんだかよくわからないが、最近、妹は「リラクシン」に夢中なようだ。こないだなんて、私が家に帰った途端、
 「おかえり、パンチョリーナ!」
と笑顔で出迎える。まるで私がパンチョリーナみたいじゃないか、と思ったけど相手は未成年だから黙っていた。
 そんな妹の現在のお気に入りは「不死身の花」らしい。食事の席で目を輝かせながら、私に語る。「あれねー、すごくいいよー。よく聞くとせつないんだよー」。
 そして私は、明日提出のレポートがまだ一行も書けずに途方に暮れている。
 昨日の余韻というわけでもないが、エレカシを聞きながら。
 去年、テレビ番組で初めて「ガストロンジャー」を聞いたときのことを思い出す。血湧き肉踊ったっけ。本当に凄かった。
 そして、やっぱり一行もレポートが進まない。このままじゃ、朝までマシュマロだ。
 
 明日の私が、正しく笑っていますように。

 

2001年7月8日(日) 七月の風

 今日は、友達のお兄ちゃんが、エレカシのライブに連れて行ってくれた。初めての生エレカシ体験。しかも日比谷野音。ステージが始まるちょっと前、まだ空は明るくって、風が吹いた。最近にしては涼しめの、いい風だった。お兄ちゃんと並んで座りながら私は、ここにいるほとんどの人がみんなみんなエレカシを大好きなんだなあと思うと、なんか興奮した。
 とにかく、初めて生で見たエレカシのライブは、すごくすごく楽しくて、ずーっと楽しかった。
 音楽ってやっぱすごい。ライブってすごい。吸引力。お客さんの心を強い力で掴んだ宮本さん・エレカシに、ますます惚れたのだ。
 すごく明るい気持ちで、わくわくしながら、友達のお兄ちゃんと遅めの晩御飯を食べて、そのときにお兄さんからいろんな音楽の話を聞いた。お兄さんは音楽を好きで好きでしょうがないという感じがそこらじゅうに滲み出ているような人で、何かが好きで好きでしょうがないという人特有の魅力があって、一緒にいると、とても前向きないい気持ちにになれた(しかもご馳走になった)。
 帰り道、七月の夜風にあたりながら、これからもがんばろうと、思った。

 

2001年7月7日(土) 七夕に

 小学校・中学校のとき、仲の良い女の子たちは私のことをちょっとしたあだ名で呼んでくれていた。そのあだ名っていうのは、私の本名からしてみれば、すごくかけ離れていて、ちょっと特殊なもので、今はもうほとんど遣われない。
 ところが今日、学校帰りに歩いていたら、突然、向こうからそのあだ名で呼ばれた。次の瞬間、私は懐かしい友達との再会に、大声をあげて喜んでいた。彼女は幼稚園のときからの顔なじみで、小学校・中学校のときに私がとっても好きだった女の子だった。
おなじクラスのなんとか君が好きなんだ、とか打ち明けあったり、そういうこともいっぱいした。学校帰り、おなかを空かせながら、ぺちゃくちゃ喋って、何がそんなに重大なのか、っていうくらい厳かにおしゃべりに精を出して、とにかくそういうふうに同じ時間をとてもたくさん一緒に過ごしてきた友達だった。もちろん、中学校を卒業したあともときどき会ってご飯を食べたりしていたけど、お互い目の前の生活に忙しくなって、それぞれ別々の世界が広がっていって、今じゃ半年にいっぺんくらいしか会わないようになった。それでも再会するたび、彼女は昔と同じツボで私を笑わせてくれる。惹きつける。おしゃべりのあと元気をくれる。
 そんな彼女と、今日は偶然出会って、すごくすごく嬉しかった。あのあだ名で呼ばれて嬉しかったよ、と別れ際に言ったら、彼女は「もう一生、これで呼びつづけるからね」と言って笑ったので、もっと嬉しくなった。

 

2001年7月6日(金) Lifetime Respect

 今夜、Mステで、三木道三が歌っていた。妹と一緒に、釘付けになって見ていた。
 笑った顔に涙が滲んだ。そういう気持ちになった。あの歌は、ウルフルズの「バンザイ」に続く、最高にロマンティックでソウルフルな最強のラブソングだと思う。とってもまばゆい、せつないくらい、あかるい気持ちになった。
 ビデオに撮ったんだし、もう一回見ようよ、と妹は言ったけど、断った。あんまり見ちゃうと飽きちゃうよ。飽きるのには惜し過ぎる素敵なものだったんだし、ちょっととっておこうよ、と言った。妹は、そうだね、と言った。
 でもごめんね、妹。実は私、こっそり一人で夜中に見ちゃったんだ。一人で見ていたら、ますます染みて、もっと泣けたんだけど、緩む気持ちが心地良くてどうしようもなくて。本当は泣いてるとこ見られたくなかったのかもね。
 「ラブ」を真面目に育てていく気があるのなら、甘ったれたいだけの関係はいかんのだ。私は私を大きくする。そしたらラブももっと大きくなる。考えるだけで素敵だ。だから大きくなろう。なんにもこわくない。
 いろんな人からもらったいろんなラブに支えられながら、いろんな人にあげたいラブを考えてる。私は私にできることを、したい。しよう。

2001年7月6日(金) スローに、ハッピーに。

 大好きな芸術の先生が、にっこり笑って言ってくれた。
 「温さんの文章、面白かったよ」
 私は、正直言って、ひたすら嬉しくて嬉しくて、どっちかというとちょっと泣けて、咄嗟に自分の気持ちをうまく言葉にすることができなかった。
 ありがとうございます、だけでも、ちゃんと言えてよかった。あのとき私はちゃんと笑っていたのかな。
 私は大学に通って三年目だけど、周りにはばかだなあと思いつ思われつもいとおしい友達が何人かいて、やっていて手ごたえ感じる授業も幾つかあって、挨拶を交わすだけだけどそれだけでも充分嬉しくなれるような顔見知りもそれなりにいて、何よりも、胸の内に息づく夢は育っていく一方。高校のときも散々苦しかったり迷ったり、夢見たりして、いろんな人の存在の大きさ温かに癒されてきたけど、そのとき私のそばにいてくれた友達のことは今もとても好きだし、ああこんなふうに、とても好きだと思う人や人を好きと思った瞬間の記憶は、真面目に着実に生きていく限り、やさしい速度で増えていくんだろうね。
 と思ったら、なんと今夜がフルムーン。

 

2001年7月5日(木) LET IT COME DOWN

 チャラ繋がりで、ジェイムス・イハを聴き始めた。
 CD屋さんをうろうろしていたら、どうしても聴いてみたくなって、何かをどうしても聴きたくなることってときどきあるけれど、今じゃなくて今度でもいいよっていう気持ちが少しでも雑ざると、まあ、止めたりするんだけど、今回はなんだか、どうしても聴きたい気持ちがやけに募っちゃって、それで聴くことにした。それが、大正解。なんだかこの音楽、愛に満ち溢れている。幸福感ということのまばゆさが、広がっていく。嬉しいな、出会ってよかったな。

 

2001年7月4日(水) Power!

 あとちょっとで月が満ちる。
 お酒はうまく遣うと、素敵な気分をうんと持続させてくれる。今日は、飲み会で、どういう飲み会かというと、上海に一緒に行ったみんなとの飲み会だ。それに加えて、中国語の先生やこれから上海に行く何人かの後輩も一緒だった。
 そんな今夜、私は、改めて、色んな人のことを素敵だと思った。好きだと思った。みんな馬鹿みたいに一人一人違っていて、一人一人がみんな自分自身に対し誠実で真剣なんだと、すごく感じた。どっちかというと、不器用なくらいマジな人ばっかりで、私はそういうみんなの心の片鱗なんていうものを不意に感じたりするたび、嬉しくなった。私も私としてやっていくことを頑張ろうと、素直に思える。
 本当は、カゼギミだったから早めに帰ろうかなあなんて思っていたけど、結局、最後までみんなといてしまい、綺麗な月も見た。  

 

2001年7月2日(月) 夜中の缶コーヒー

 映画を一本観るたびに、日常っていうのは些細な事柄すべてが奇跡的な偶然によって成り立っていることを感じる。
 彼と遅い食事を済ませたあと、散歩をした。家のすぐ近くの自販機で缶コーヒーを買った。お月さんが出てる。たくさんの雲が流れてる。日中、あんなに暑かったのに、夜は気持ちいい。地球と太陽の間にある距離の話をした。朝と夜の温度差が地球っていうのは絶妙なのだという話をした。
 久しぶりに飲んだコーヒーは、とても美味しかった。 

 

2001年7月1日(日) 36.7℃

 ビデオを観ようとした日が暮れるほんの少し前。テープを片手に持った私は、電源をオフにしたままのテレビ画面を見入る。狭いスクリーンの中に、私が映し出されている。背後にあるひらっきぱなしの窓から、濃い緑色の木々がのぞく。散らかった色んなものも、普通に映っている。奇妙な顔した私は、私が死ぬまで続く私にとって果てのない映画の「主人公」なのだと思い、くらくらした。鮮明に言葉にすると、結構、恥ずかしいのだけど。
 過去も未来も、全部を含んでいるのは、現在の私に他ならないんだろう。というわけで、「現在の自分」というものは片時もないがしろにしてはいけない。

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