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ON日記
since 2001.8.1〜8.13
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2001年 8月30日(木) クルマ修行を終えて
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東京行きの新幹線がホームに滑り込んできたとき、思わず胸が詰まった。卒業検定に合格してから、結構もう、何時間か経ってる。
新幹線の車体は艶やか。何故だかそれを目にして、ようやく私は、自動車学校を卒業したことに対する実感が湧いたのだ。教官室の前で、慌しく握手したいちばんたくさんお世話になった斎藤先生の、大きく太った温かな手を思い出す。
充分なセンチメンタリズム。笑っちゃうくらいだ。
チャームとかあさんと三人一緒に、山形に降り立った日のことを思い出してしまう。思ったとおり、二人ともさっさと合格したというのが笑える。微妙な泣き笑い気分。
実感が全然、湧かなかった。卒業証明書を受け取ったあと、バスがあっという間に検定に受かった私たちを迎えに来て、すごく慌しかったのだ。
いつのまにか愛すべき町となってしまった山形市。18日間、素直に身も心も委ねてしまった町。
自動車学校の教官たちはもちろん、受付のお姉さん&おばちゃんたち、掃除のおばさん、宿舎のフロントの人たち、あたらしく出来た何人かのトモダチ・私より先に卒業していった子や、今もまだ頑張ってるであろう子たち。トウモロコシをくれた八百屋のおっちゃん。喫茶店のマスター。数え上げれば、なんて凄いことなんだろう。私は、たった18日の間に、何人もの人と出会い、それぞれの人から明るいいいものをもらった。うまく運転が上達しないことにブルーになったときもあったけど、すごくナーバスになってキュウキュウとしてしまったこともあったけど、とにかく、この夏、山形に行って本当に良かった。
いろんなことがあったような気がするけど、多分、それは事実で、わざわざ思い出そうとすれば、多分、きりがない。
山形で出会った人たちだけでなく、電話やメールで私をずっと支えてくれた人たちのことを思うと、ますますきりがなく泣けるのです。特に母親。
それにしても山形の、空は綺麗だった。
自動車学校の、小さな庭の草原は気持ち良かった。私のこの夏は、こうして終わっていったわけだけど、なんだかとてもいい。
具体的な何かを手に入れるために努力を重ねる毎日は、すがすがしいほど気持ち良かった。こういう感覚、わるくない。
しかも、明るくいいものが胸の中にある。
本学科試験に受かれば、ようやく本物の免許持ちになる。あとすこしだ。
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2001年 8月12日(日) クルマ修行前夜
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人生に一度くらい、クルマのことで頭と心をいっぱいにしてみるのも素敵なことのように思う。
荷物はすっかりまとめた。久しぶりにスニーカーを出した。明日、朝9時の新幹線に私は乗る。
クルマの免許を取りにいくのだ。
泊りがけの大修行。
普通の人にとったら単なる普通の合宿だけど、運動神経にてんで自信のない私、自転車にも乗れない私には、まさに「大修行」なのだ。
相棒は二人。かあさんとチャームだ。
二人とも最短日程でさっさととれちゃいそうなとこが痛い。でも、私も、とにかくひたすら、頑張る。
ヴィンセント・ギャロが作った、あの映画を思い出す。
「Live,Love,Drive」
とんでもなく果てしなくロマンティックだ。
ハンドル握る自分をイメージする。
ひどく楽しい。胸が高鳴る。
どうなることか、心配はすればするほどきりがない。でも、楽しそうなのも確かだ。意地でも楽しんでくる。
いってきます!
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2001年 8月11日(土)
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好きかも、と思う人に出会うのっていいものだ。
出会いの感触ってやっぱ色々あって、気持ちいいときとわるいときがあったりする。
小学生のとき、仲良くなれそうなあたらしい友達が出来た日の帰り道って、ものすごいうれしかった。人と出会って友達になるということは、あたらしい自分を多かれ少なかれ、引っ張り出すことでもあるということ、漠然と知っていたのかもしんない。
今も変わらない。
一生付き合っていく自分に、恋をし続ける限り、自分の中に秘められたいろんなもの引っ張り出して日に透かしてみたいと思う限り、私は自分を意識し続ける。そのおかげで、コドクのようなものとも縁を切れない。自分っていうのは感じれば感じるほど、味わえば味わうほど、自分でしかないからだ。どうしたって他人にはなれない、溶け合えない。ごまかせない。コドクは、そういう隙間を縫う。
だけどもそのおかげで、自分じゃない人たちの大きさや温かみ、明るさ、を強烈に感じることができる。自分のものと勘違いしたり、混乱したりせずに、明確に。まじめに見極めることができる。
コドクのようなものが、私に繋がることの凄さを忘れさせないようにしてくれている。
私は私が持っているすべてのものに、起こり得るすべての感情に、導かれているんじゃないかなと、ふいに思う。
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2001年 8月10日(金) 時計台下
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布団の上に転がっていたら、メールが入った。
「今から会えるか?」
なんだかこじゃれている。
こんなことを言うのは一人しかいない。Kちゃんだ。
「今、君からのメールをチェックしたんだけど、今日なら会えるって書いてたでしょ?」
時計を見た。確かに「今日」はまだ30分ほど残っている。
私たちは、駅前広場のベンチで夜中デートをすることにした。
Kちゃんとは小学校・中学校が一緒だった。私たちはよくわかんないとこで妙に波長が合うし、何より彼女には私にない凛々しさや行動力、パワーがあって、イカした女の子だ。そのくせ繊細だったりもして、とにかく色んな意味で(もしかしたら意味もなく)、私の大事な人だ。
今Kちゃんは東京に住んでいない。関西の大学に通っている。だから今夜みたいに、突然帰ってきては、突然会おうと連絡してくる。
外に出た途端、昼間の蒸し暑い風に吹かれたけど、駅前広場まで歩いていくと涼しかった。ベンチに座った途端、自転車を走らせてKちゃんがやってきた。
笑った。そのまま布団にもぐりこんでもおかしくないような格好のKちゃんが楽しそうに笑っていた。久しぶり、とか会いたかった、とか、そういうのは全部言わない。いきなり核心を突く。二年後どうすんの?とか小説書けないんだって?とかをしゃべり合う。ロマンティックなのは夜とベンチだけでいい。
気が付けば「明日」になってからとっくに30分以上経っていた。
「おいおい、終電終わってるぜ」
Kちゃんがそう言う。
「そろそろ帰ろうぜ」
何故だかKちゃんといると、男みたいな喋り方をしたくなるのだ。
そして私たちは、真夜中のデートをお開きにした。お互い来た道を、私は歩き、Kちゃんは自転車で帰っていく。
部屋に戻ったら、さっきまで着ていたパジャマが布団の上に適当にほっとかれているのが見えた。
着替えながら、ああ、なんかいいなあ、こんな夜は、と思った。
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2001年 8月10日(金)
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今日は妹と「千と千尋の神隠し」を観てきた。始まった途端、感受性はものの見事に押し開かれ、一瞬一瞬のシーンに反応してしまった。この夏、ほんとうにたくさんの人がこの映画を満喫したという話、よくわかる。とっても良かった。
そのあと、お母さんと待ち合わせして、夕ご飯を食べに出掛けた。昔、家族でよく出掛けたレストランだ。ちっちゃな頃から大好きだったそのお店の生姜焼きを食べた。久しぶりだった。久しぶりだったけど、昔から全然変わらない味。美味しかった。コックの帽子をかぶったおじちゃんのちょっと照れくさそうな笑顔も変わってなくて嬉しかった。
今日はくたびれちゃったから早寝しよう。
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2001年 8月9日(木) 「月とキャベツ」
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山崎まさよし主演の「月とキャベツ」を観た。数分前、観終わったばかりだ。
今ごろになってこれを見て、今ごろになって柔らかい涙が出て、今ごろになって山崎まさよしがもっと好きになった。
私は心を洗いたいのかなあ、と思う。
しっとりとそう思う。
死んでも死にきれないほどのひたむきな情熱が眩しくて眩しくて、悔しい。
私は生きている。
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2001年 8月9日(木) みたことあるの
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くたびれた彼が、すうすう寝息を立てて眠るのを聞いている。私は、甘いご身分のガクセイさんで、今朝もまた遅起きしたものだから、そんなに眠くない。だから、静かな気持ちで、夜の中に横たわっていた。涼しい日が続くから、わるくない時間だ。ふいにある光景を、思い出していた。
オレンジ色の淡い豆電球の光のなか、そっと目を覚ますと、家族がいる。六畳の部屋の、一番端っこに私は眠っていて、すぐとなりには赤ん坊に程近いちっちゃさの妹がすうすう寝息を立てて眠っている。その向こうにはお母さん。もうひとつ隣にはお父さんが仰向けになっていて、いびきをかいている。私は、突然途切れた眠りの垣間に、そんな光景を目にして、また緩やかな眠りに戻っていく。
私はちっちゃな脳みそで、あの頃も今も変わらず、それなりに色んなこと懸命に考えたりしてここにいる。眠くなりながら、好きな人と過ごす一瞬一瞬の重みを再実感した。
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2001年 8月8日(水) けんきゅうちゅう
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久しぶりにスカートを穿いた。
ときどき混乱することがある。
他人のいいとこをいつのまにか拡大鏡で照らしたみたいに心の中に膨張させ、自らのチンケさに切なくなることがある。縮小されてしまった私は、うんと遠くのほうで軽く吠えている。吠えているのに、どこか自信なかったりしてる。
自分で自分を幸せだと言い聞かせることほど、暴力的な幸福感ってない。
やっぱりこうだ。孤独感とも仲良くなれる強みが、あれば素敵になれる。
まだまだ研究中なんです。
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2001年 8月7日(火) 花火・大会
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今日はみんなと一緒に、神宮の花火大会に行ってきた。去年はうまく場所がとれなくって、結局、歩きっぱなしになりながら遠くで咲くいくつかの花火しか見れなかった(それでも楽しい思い出)。だけど、今年は、ちょっとした場所に陣取って、上がる花火たちを、結構間近に何発も眺めることができた。
一発目が上がったときは、実際、感激した。
思わず拍手をした。
花火花火って、今までほんの軽い気持ちで口にしてきたような気がするけど、花火っていうのは実にすごいものなんだなあと心から思った。日本人が、これほどまでに愛して止まない、その理由がわかるような気がした。見ればわかる、とはこういうことなのね、と思う。
花火のあとは、あとに残った物好きかつヒマな6人で神宮から新宿まで歩いた。下駄に穿き慣れずちょっと足が痛かったけど、みんなといると、楽しくて楽しくてしょうがない。
夏の一ページが、また増えていく。嬉しい。
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2001年 8月6日(月) ライフワーク
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その娘といると、気持ちがチャキチャキしてきて嬉しい。高校の頃からずっと変わんない。
世の中にはいろんな人がいて、そのうちのほんのほんの一握りとしか私はまだ出会ったことがなくて、そのうちのそのまたほんの一握りくらいの人たちのことがすごく好きだと思っている。
その娘は、もちろんそのうちの力強い一人だ。
彼女と過ごした数時間は、今夜もやっぱり素敵だった。彼女といると、私は、どうしてだか自分が開花していくというか、自分の中にあるいいものをいっぱい引っ張り出してもらえているような気持ちになれる。うまく説明はできないのだけど、これこそが、フィーリングっていうものなのだろう。私は、私と一緒にいて、すごく楽しそうな彼女を見ていると、ただ単純に嬉しい。
こんなふうに思えるようなトモダチと、これから先もたくさん出会っていく、そういう人生って、豊かだ。望もう。望むことは叶うことの第一歩だしね。
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2001年 8月5日(日) 和のこころ
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夕べは満月だった。今日は曇り空。涼しくて過ごしやす良い一日だ。私は、ついさっき、髪の毛を切ってきた。髪の毛を切ったあとって、どうしてこんなにうきうきとするのだろう。
まるで少年、ただでさえ低年齢的容姿が、より低年齢度アップ。
わざと花柄のブラウスとか着てみたりしてる。
なんににも相応しくないようなこの感じが、自由っぽくって、楽しいのだ。
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2001年 8月4日(土) 志望者
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彼からの電話で目が覚めた。昼過ぎだった。久しぶりに聞くその声は、眠そうだったけど元気そうで、一声聞くなり、懐かしさを感じる間もなく耳に馴染んだ。夕べは友達と朝まで飲んでいたという。八丈島のことをすこしたずねられたけど、寝起きの私は言葉でうまくそれを描けなかった。改めて、世界を言葉で描写する微妙さと難解さをおぼえる。そうだ、私の夢は小説家だ。
この微妙で難解なことを、いとおしく感じてしまうあまり、書き続けたがる小説家志望者だ。
負けちゃ、あかんのだ。
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2001年7月31日〜8月3日
夏休み特別バージョン@八丈島夢日記
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8月3日、午後八時過ぎ。私たちを乗せた船は竹芝桟橋に到着する。行きよりも荷物が重く感じるのは、鞄の中にたっぷりと海水を吸い込んで湿っている水着やシャツがあるせいなのだろう。おでんの屋台がふたつみっつ続く道を横目に、JR浜松町駅に向かって歩く。もうすっかりお月さんも空の上に上がっていて、しかも丸い。
船から降りる直前に
「気持ちを八丈島に忘れてきちゃった」
と言っていた友達の言葉を思い出す。
「じゃあ取りにいきなよ、この船折り返しだし」とすかさず突っ込んでいた別の友達の言葉も一緒に思い出す。なんとなく可笑しくて笑ってしまう。
八丈島は竹芝から船で約10時間のところにある島である。甘ちゃんの私にとって、こんなに長時間の船旅は今回が初めてだった。
不思議と、酔いは全くなかった。ただの一度も。行きか帰りか忘れてしまったけど、固い畳に横たわりながら、意識があるかないかの夢うつつの状態で私は思い出していた。留学中、上海から北京へ旅行したときに乗った寝台列車の揺れ。あれも、私にとって心地の良い揺れだった。動く乗り物の中で長時間眠ることを、幼い頃の私は何度も(ほんものの)夢に見てきたような気がする。固い枕に当てた耳が少々痛かったけど、淡いノスタルジーを感じた。
八丈島で過ごした二日間は、確かに夢見がちな気持ちにさせられる、そういう時間だった。まず、亜熱帯のこの島は、椰子の木やハイビスカスの花をそこらじゅうで見られる。ハイビスカスの花は、イメージでは真っ赤だったが、この島のハイビスカスは朱色に近い色だった。海の水も、とても透き通っていて綺麗だった。島全体が、思ったよりも穏やかで静かな雰囲気だった。まだ、観光客がそんなにいないせいもあるからだろう。
それにしても、椰子の木が多すぎて、不意にここはいったい、どこなんだろう、と思ってしまう。
私たち7人は、私たちの時間をたっぷりと味わった。これといった押し通すべきスケジュールもなかったし、ひたすらのんびりと、島での時間を楽しんだ。
着いた早々、ホテルのプールに入った。ほとんど他に誰もいなく半ば貸切状態だった。それ以上に嬉しかったのが、すぐ向こうには海が見えたということだ。海の見えるプール。プールサイドのビーチパラソルの下の椅子に横たわりながら、なんて贅沢なんだろう、と感動した。
泳いだ後は、レストランで遅いランチをとり、ホテルで長い時間昼寝した(7人で一部屋だ)。
次の日は、海で波と遊んだし、蟹や海を必死になって捕まえる子もいたし、くたびれたら海辺に寝ッ転がって目を閉じた。夕方には初日目と同様、島のスーパーに夜のためのお酒やお菓子を買い込みに出掛けた。夜は、海辺でバーベキューをした。始めたときは明るかったけど、おなかがいっぱいになる頃にはもう暗くて、海と空の境界線が曖昧になっていた。
島の住民からしてみれば、とんでもない言い分かもしれないが、私にとって島は普段とは全然違う「非日常的」な場所だ。空の広がり、空気の匂い、海水の透明さ、緑の濃度、すべてが気持良く私に向かってくる。包まれている気もしたし、そこにいさせてもらったという畏怖の念も今更ながら感じる。おかげで、心が浄化されたようだ。
私は今、純度の高いものに惹かれている。まずは、自分の中から湧き出てくる感情は、湧き出たまま純度の高いうちに見つめなくちゃと思う。大人になるということは、決して、汚れていくことじゃない、ずっとそう思っていた。だけど哀しいことに、生きてきた分だけ人って複雑なとこが多くなる。あれは実はこうなんじゃないかな、とか、これはこうとも言えるかもとか、自然と思いを巡らせてしまうのだ。悪いことじゃない。深みが増すっていうことでもあると思う。だけど、ときどき、素の感情を、素のまま味わう前に、知識や経験を塗り込んでしまうときがあるような気がする。
島にいながら、思った。
私は、子どもの頃と比べて、爆発しそうに強い感情を抱く機会がものすごく減ったんじゃないかと。もしも、この海の景色を、4歳とか5歳の私が見たら、もっと否応なしに、私の心には強烈な美しさが響くはずだ、と。
勿論、私はもう、4歳でもないし、16歳ですらない。後戻りはしない。21歳の私は、こう思うのだ。
ときどき、剥き出しというか、まだ何にも覆われていない純度の高い感情を、からだじゅういっぱいに満たし、胸を高鳴らせたい。
バランスをとりながら、私は私を、幸福に生かしてやりたい。そう思うのだ。
そして今回の旅は、この6人の友達と一緒だったからこそ、本当に楽しかったんだと思う。
別に、重大なこととか真剣に語り合ったわけじゃない。どちらかというと、めちゃくちゃくだらないことを喋ったり、しりとりしたり、そういうのばっかりだったけど、本当に、みんなと一緒にいることが楽しかった。三泊四日という期間限定もあってか、みんなと共に過ごした時間がやけに強く明るいものに感じる。みんなすごくいい奴らだ。
みんなと一緒にいると、自分を感じることもできる。私は、彼女達ではないし、彼女達も私ではない。境界線を知りつつ、共に強い明るい時間を作りあっていったこの感じは、多分、すごく貴重だ。
地元の駅で電車から降り、一人で歩き出したとき、洗われた心と貴重な思い出を引き換えに、疲れがしみじみと広がっていくのを感じた。
夏休みはまだ始まったばかり。
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