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ON日記
2001.11.1〜2001.11.30
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2001年 11月30日(金) 各駅停車
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いつもは乗らない。
そういう電車の、各駅停車に乗った。
人がとても少ないし、空は相変わらず青くて高いし、雲も白いし、電池がきれかけだけどお気に入りの曲をプレイヤーは流している。
私は、のんびり屋さんを気取ってるつもりなのか。
辿り着いたのは、川のある町。
大きな川があって、河川敷が心地の良い町。
高校生のとき、いちにちじゅう何も考えないでぼんやりと川辺とかで過ごしてみたい、と思う時期があった。具体的に何があったかは正直言って思い出せないのだけど、とにかく、色々あって混乱していたんだということは感覚としてちゃんと覚えている。
私は今ほど私を知らなかった。
今だって私は私を、どれくらい知ってるのか。
なのに、あのへんの私は私を、それこそ全然知らなくて、誰よりも私が私の首を締めることが多かった。人目を気にさせたり、できないことできると思い込ませたり、人をやっかませてみたり。
ときどきひどく疲れた。
そんな感情ばっかり、いつも大きかった。
いちにちじゅう、何も考えずに空を見ていられたら、いいかもしれない、なんていうふうに思ったんだろう。
今私は、私を少しずつ覚えた。理解しはじめた。
それでも、今でも、私は私を成り立たせるために、しょっちゅう混乱する。目眩がする。私が私であることを充実した気持ちで味わうにはどうしたらいいのかと思えば思うほど。
前ほど、人目を気にしたり、できないことを無理にやろうとしたり、人をやっかまなくなったとはいえ、未だに私は、まだちっぽけだ。
しかたない。
もともと人は、ちっぽけなものだし、
私はまだ、たかだか二十一歳の若者なのだ。
あとわずかで12月を迎い入れる。
そんな日に、河川敷で、私は空を眺めながら思う。
とにかく、もっともっと、成長したい。
暗くなる前に、帰らなくちゃ。
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2001年 11月28日(水) こう見えても
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二時間目の授業が終わったあと、中国語の先生(女の人)がにっこり笑って言ってくれた。
「元気? 今度時間があったらゆっくりお話したいわ」
私はその先生がとても好きだったからとても嬉しかった。なんだかどきどきして、「はい!」と返事するのがやっとだった。ほんとうは「ぜひ!」とか「喜んで!」とか気の利いた返事がしたかったのになあ。目上の人の前に出るとき、必要以上に緊張してしまうのは、私、昔からだ。
でも今日は、とにかく先生のその言葉が嬉しかった。
お弁当の時間、明るい陽射しの中、そんな気持ちでいた。
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2001年 11月27日(火)
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11月も、こんなところかあと思う。
久々の授業を受けながら、とても晴れた空が横にある。こんな晴れ方は、今月でもう何回目? でも見飽きない。空って凄いや。
さすがに寒くなってきました。
今日は友だちがMDをくれた。私のために作ってくれたMDだ。彼女がむちゃくちゃ愛してるだろうお気に入りの曲ばっかり。好きな人の、好きなものを味わうのっていいもんだ。ありがとうだ。
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2001年 11月26日(月) おやすみのあとで
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大学祭休暇が終わる。
一言、このおやすみは、楽しかった。
本当はね、もう眠たくて、寝ちゃおうと思った。
日記なんか書かずに、今日買ったばかりのCDかけてふんわかお布団に潜り込もうと思ってた。
でもやっぱ、何か書いておこうかなあって思うんだよ。長くなくていい。一言でいい。毎日楽しくやった。そういうこと。
いろんな人と会って、いろんなもの見て、いろんなところに行って、私はその都度、何かを好きだった。
はっきりとわかった。何かを好きというこの気持ちは大切だ。しあわせになれる。
アップダウンがあるのは、経験済み。
だからこそ、気分がこんなふうに明るく晴れてるときのこの感じ、こころじゅうでちゃんと覚えておこう。
ブルーになったときに、私が私を押し上げる力として蓄えておこう。
それではおやすみなさい。
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2001年 11月24日(土) 懐古少女
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今日もお天気が良い。私は歩く。私が今住んでる家は通っていた小学校から結構離れている。だから私は滅多に小学校のことを思い出さない。だけど今日、時間がたっぷりあったのでそのへんを歩いてみることにした。
思った以上に、数年前毎日歩いていた道を歩くのは楽しかった。
歩くだけで、いろんなことが思い出せるのはやっぱりすごい。私は六年間、今とおなじように、絶えず何かを思ったり考えたりして生きてたんだからね。それは確かなんだからね。そう思った。ほんとうに些細な箇所に、私は幼かった自分の思いの欠片の影を見出せる。
小学校の前まで辿り着くとなおさらだった。
その小学校は、休日になると近所の子どものために校庭を開放している。それは私が入学する前、在学中、卒業して数年経った今でも変わっていなかった。私は、そっと、開いてる門をくぐった。
光射す下駄箱、記憶の中のそれよりもうんと小さく低かった……
なんてことはなく(というのも私は12歳の頃から5センチちょっとしか身長が変ってないんだから当然だ)、私は下駄箱のある向こうの校庭でバスケをする子たちや、走り回る子どもたちを見て、いいなあと思った。きゃっきゃっと明るいはしゃぎ声が、明るい空の下で響く。
運動が全然出来ない私は、おにごっこもかけっこもベースボールもやりたくなくて、いつも校庭の隅でみんなのことぼんやり見てた。日向ぼっこしながら。放課後、夕日がきれいだった。好きな男の子を眺めてた。彼と一言でも話ができたら、それだけで幸せに放課後が終わった。12歳だ。
いいことばっか一通り思い出して、あとは忘れておく。せっかくの良いお天気に痛いのは勘弁だ。
でもやっぱ、小学校から遠ざかると、思い出も遠ざかっていって、私は小学校の頃からは想像もできないほど遠くまで遠くまで、ひたすら歩きつづける。寒くも暑くもない、陽気なお天気。
最後のほうは、自分がどこにいるんだかよくわからなくなったし、すっかり日も暮れてるし、待ち合わせには遅れそうになるし、どきどきしちゃったけど。
それでも、土曜の夜は、ちゃんと始まった。
楽しみの日曜日の朝もやってくる。
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2001年 11月23日(金) 澄んだ月の時
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今私は、ジャン・シャオチンという中国人女性の弾く古筝(GU−ZHENG)のメロディーを聴いている。もっと言えばPACIFIC MOON RECORDSというレコード会社から出てる「悠」というアルバムを聴いている。ブックレットには、白いチャイナ服を着たジャン・シャオチン。真っ黒な髪をひきつめて、真っ直ぐとこっちを向いている。赤い口紅を塗った口元も、凛とした瞳も、とっても綺麗。
これはヤバイ。
とってもいい。
映画ラストエンペラーが大好きで観終わったあと号泣した私は、こういう音の奏でるメロディーにほんとうに弱い。肌に合うのだ。もっと丁寧に言えば、のびた音が皮膚を透りすぎ、心に伝って静かに揺れるという感覚。そういう感じなのだ。
なんていうことだろう。
秋夜に、こんな音楽を聴いてると、私は私の中で川が流れてるのを想像して遊びたくなる。
またひとつ、眠っていた何かが拡がっていくような気がする。
そういえば、昨日は、新宿の駅前で、アンデスの音楽を演奏する人々を見た。よく晴れた空、高いビル群よりも、もっともっと高い場所にある半分に割れたお月さんが白く輝いていた。アンデス音楽を演奏する人たちの姿と、その音を、すこしの間、集中して見つめてみたけど、なんかすごく、良かったんだ。あたりまえに私は思った。私の行ったことのない美しい山がそびえる空気の澄んだ町にも、お月さんは浮かんでる。不思議な形をした横笛を吹いていた浅黒い肌の丸くて黒い瞳のおじさんがにこりと笑った瞬間、あんまりにもあんまりで、私はそこにいつづけることを止めた。
人々の中に眠っている何かを、思わず揺らしてしまう。大切に守り継がれてきた音楽たちが放つ魔法かもしれない。私にそれは遣えないけど、私にそれを遣ってくれるものに、私はもっと出会いたいんだよ。
今夜も、月が綺麗だった。
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2001年 11月22日(木) キラキラだったね。
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大学祭の季節だ。ウチの学校も学祭休暇に突入。大学祭だからといって、することがなんにもない私たちは、箱根への「ちょこっと旅行」を決行。
女7人。恒例・ガールズ合宿である。
空はほんとうに晴れ渡っていて、眩しかった。
なんだかんだいって、ひとりひとり、小型で小粋な爆弾を抱えてるようなみんな(ひとりひとり挙げるとキリがない)だから、何をするでなくともただ楽しい。行きの電車の中から、窓の外を指差してはきゃあきゃあはしゃいでた。
何故だか知らないけど、やっぱ、旅行って、興奮するのだ。いつもみたいに、食堂でまったりするのとは又違う。
しかも。外は晴れ空。
まさに底抜けの青空。
ほんとうに広い青空。
秋の山々は深く色鮮やか。眺めてるだけで、目に栄養分が沁みこむような感じの気持ち。
冷たい空気が気持ち良かった。
宿に入れば入ったで、買い込んだお菓子とおつまみとお茶とジュース、ひろげてこたつを囲む7人衆。もちろん、温泉にも入った。
いっぱい笑った。いっぱい楽しかった。
こんな気持ちになったあと、いつも思う。
私の記憶の中に、キラキラしたものがまた増えた。
今回も又、自分がいる空間そのものを、丸ごと楽しめたことの幸福を思う。好きだと思う人たちのことを、素直に好きだと思うだけで、そういう空間を作り出せるというのなら。
私は、これからも、好きだと思う人たちすべてのことを素直に好きでいようか。
あとは、甘い疲れを抱きながら眠るだけ。
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2001年 11月20日(火)
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休講で授業はなかったけど、図書館で勉強でもしようかなと思い学校に行った。大学祭の準備中で正門のまんまえにはでっかい作りかけの張りぼて。それを見たからってわけじゃないけど、なんとなく図書館じゃなくってどこか別のところにいたい気持ちが募る。募った私は、散歩することに決めた。秋の晴れた日は散歩に向いている。
辿り着いたのは、本屋の町・神保町。
それはそれは、宝の町。
立派な古書は、凄そうではあるが私には全然わからないんだけどね。
大好きなアーティストたちが載ってる昔の雑誌を一冊、また一冊と見つけては、しあわせでしょうがない私。別に買わないけど、眺めてるだけでしあわせな私。とかなんとか言って、思わず一冊、買っちゃった私。袋に入ったそれを小脇に抱え、胸弾ませる私。ファーストフード店でそれをひろげ、思わずひとりで笑っている私。
くせになりそうだ。
でももったいないからくせにはしない。
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2001年 11月19日(月) 友だち
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今日は友だちが歌うから、いつかも行った吉祥寺のライブハウスへ行った。
それを一緒に行こうと私が誘ったのは、最近仲良くなったばかりの人だ。
あ、もしかして仲良くなれるかも。
あ、私はこの人ともっとたくさん喋って仲良くなりたいって思ってる。
そういう気持ちになるときってある。
その人と喋ってると、ちょっとだけ緊張していて、ちょっとだけドキドキして、でもそれが心地よくて、楽しいんだっていうような。
そういうときの心は、どこか遠慮がちで、この人のこと友だちって呼んでいいのかなあなんて思っていたりする。
今日私は、しばらくの間そんなふうに思っていた人と、ようやく「友だち」になれた気がした。
その人と喋っていて、その人が何を大切にしているか、とか、何に心引かれるのか、っていうことを聞かせてもらったのだ。そして、私が何を大切にしているのか、何に心引かれるのか、っていうことも聞いてもらった。
別にこういうことを語り合うのが「友だちの条件」だなんて横暴なことは全然思っていない。
なんていうのだろう。
話をしながら、その人の心を感じた。
そして私の心が伝わっていくのを感じた。
それが嬉しかった。
そして二人の間に親しみという情が、ゆっくりと築かれていってるような感じがした。
いいなあ、こういう感じ、と思った。
ほんというと、何が「友だち」で何が「友だちじゃない」かなんてどうでもいい。私は、これからも今日みたいな心が誰かと伝わりあう感じを大事にしていきたいって思う。こういうことこそ、私をあっためてくれるんだって、さすがにもう、わかってきてる。
友だちの歌声と、ギター、ハーモニカーを聴くこともできたし、そういうことを思えた。
いい日だったと思う。
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2001年 11月18日(日)チョコチップシナモン
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お酒があんまり飲めない私は、カルーアミルクとかそこらへんの甘いやつを飲む。昨日は、チョコチップシナモンなんとかっていう、これまた甘いものを頼んだ。美味しい。それを啜りながら、友だちの話を聞いたり、友だちに何かを聞かれたり、していた。楽しかった。私の目の前で、中ジョッキをあっというまに空っぽにしていく友だちが、楽しそうだとなおさら私も楽しかった。
たまにみんなで集まるのもいい。
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2001年 11月18日(日) 冬
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寒かったから、今朝私は布団の中でとても気持ちが良かった。小さいとき想像していたのは、この布団が、巨大な誰かの胸ポケットかもしれないということ。ミニサイズの私は、その巨大な誰かのポケットにいれられているんだと思うと、楽しかった。だってここはふかふかしているし、外は寒い。
今日もいい日になるといいなあ。
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2001年 11月17日(土) 夕暮れ時
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夕暮れどきの、あの空の感じは憎い。夕暮れは毎日やってくるけど、その日の雲の配置に、光加減など色々は、その瞬間以外には有り得ないというのだから。しかも、瞬間は限りなく短いものなのだ。特に今みたいな、空気が冷たい晴れた秋の日の夕暮れは憎い。
仲良しの友だちみんなと、意味も無く一緒にいて意味も無いおしゃべりをした帰り道、つくづくとそう思う。
いい日だった。
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2001年 11月16日(金) そのあと居間で
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ニュースを見ていた。
暇だったから、毛布にくるまりながらソファーにきちんと座って。せつない、こわいニュースは、いつ見ても、どうしたらいいのかわからなくなる。そのくせ、ニュースを見ていないとき私は、今世界のどっかでは怖い悲しいことが起きてることを、うまく実感できずに、ただ自分の日々を楽しんでいる。ほんとうに実感って大事だなあと思う。身に迫って感じられないと、結局、他人事なのだ。なのに世の中にある多くの悲しいことは人々の身に迫る前になんとか改善させたり食い止めなくちゃいけないんだと思うと皮肉だ。
つまり、私はどうすればいいのだろう。
この手を眺めて、途方に暮れる。
そしてまた、テレビを消してしまえば、日々を過ごすことに夢中になるんだろう。
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2001年 11月16日(金) マイ・ワールド
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今日の空は好きだ。
底抜けの青さが気持ちいいから。
だけど今日は、歯医者さんに行く以外、どこにも行かなかった。留守番を頼まれたのだ。
きらきらした空が窓の外にあって、私はひとりで家の中にいる。
最初はこんなにお天気の良い日に留守番なんてイヤだよって思った。
でもなかなかわるくなかった。
読みかけの本、好きなアーティストが乗ってる古い雑誌、借りてきた映画のビデオ。好きなCD。
私の部屋には私の好きなものがいっぱいあるのだ。ひとりで時間を過ごすのにちょうどいい。
このちいさな世界では、私中心の論理。
もしかしたら、至福。
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2001年 11月14日(水) 冬の夜明け
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たくさん眠った日は、一日中眠くなる。すこししか寝ていない日は、一日中やけに元気だ。今日の私はやけに元気だった。
高校のとき、キャリアガイダンス室に置いてあった雑誌を何気なくめくっていたら、ある絵描きさんの言葉が飛び込んできた。
「本当に好きなことには、寝食を忘れて打ち込める」。
私はそれを見て、どうしょうもないほど、わくわくした。寝食を忘れちゃうほどしたい何かを持った人になりたいなと思った。
今、なんとなく近づけた気がする。
冬の夜明けに、今年もまた心がやられてる。
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2001年 11月13日(火) おとなの階段
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自分がいる地球上の、ほんの向こうのほうには命がけで大人になろうとする人たちがいる。
文化人類学を教える先生の授業で、パプァニューギニア島の文化に関するビデオを見ながら改めて思った。海に囲まれたその地域の若者達は、ある年齢に達すると船に乗って海へと乗り出す。サメが泳いでるかもしれないし、嵐が来たらひとたまりもないし、何より彼らは、空の彼方で自分達を見詰めてるであろう魔女を恐れている。魔女はおぼれた者の皮を剥いで喰ってしまうのだ。
それでも、固く守り継がれてきた伝統に従い、贈り物を携えて他の島々へと行かねばならないのだ。
イニシエーション。
初めてその単語に出会ったのは、中学校の歴史の時間のときだった。13歳だった。
大人になりたくないと思ったことは、あのときから数えてみても一度もない。
だけど未だに自分を大人だとも思っていない。
だから、地球上に、命がけで大人になろうとしている人たちが確かにいるんだと思うと、ちょっとせつない気持ちになる。
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2001年 11月12日(月) 夫婦
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昨夜は家族四人でごはんを食べに行った。どんどん食べよう、お祝いだ、と言うお父さんとお母さんの結婚記念日が次の日に控えていた(つまり今日)。何回目?とたずねたら、すこし考えてお父さんは、23回目、と答えた。そりゃそうだよなあと思う。長女の私が、21歳なんだもの。いろいろあったと思うけど、ふたりはまだ随分と仲良しに見えた。お互いを思い合って主張するとこは主張し合ってたぶん我慢もしたりして支え合って23年、なんだろう。なんだか感動する。
なんて子どもの私に生意気にも言われたかないだろうけど。
とりあえず今日は、ふたりに黄色い花束を贈ることにした。
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2001年 11月11日(日) 実りを求めて
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うちのお父さんが、私のことを、物事を頭じゃなく自分の全細胞で覚えようとするタイプなんだと診断した。なんか、すごく、強いホメ言葉だと思った。信じた。私は自分を丸ごと信じて、目の前にあるものひとつひとつを丁寧に感じていこうと思う。
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2001年 11月10日(土) スイッチ・オン
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昨日、吉祥寺に行く前に、彼とは中野で待ち合わせをした。前にも行ったチャーシュの美味しいラーメンを食べようと思ったからだ。雨が降っていたから、ちょっと不便だった。だけど、ラーメンを食べ終わって、ショッピングモールみたいなとこでうろうろしてるのはやけに楽しかった。変ったアメリカ製の玩具がいっぱい売ってるお店とか、アイドルの写真やプロマイドがいっぱい売ってるお店、よくわかんないけど化石を売ってるお店、そういういろんな種類のお店がごちゃごちゃしていて面白かった。中でも、古い雑誌をたくさん置いてあるお店がかなりイカシてた。私も彼も、古いロッキングオンジャパンに興奮した。ブルーハーツ解散インタビューとか、そういうのばっかりなのだ。あっというまに彼はそれを買い求めていた。私は私で、「あたし何で抱きしめたいんだろう?」の頃のチャラが表紙のを買った。
寒いくせいに、中野駅のホームで、ふたりで何年も前のロッキングオンジャパンに夢中だった。
そうやってはしゃぐのって、いい。
ポケットのプレイヤーからは、「国境線上の蟻」。流れ出す音を聴く。かっこよくて涙が出そうになる。凄く好きなもので自分たちのまわりを満たし、喜んでいる。こういうのって、いい。喜ぶって、いい。
自分のどこを押したら喜びが湧き上がるのか。スイッチの在り処に敏感でいたいなって、本当に思う。
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2001年 11月9日(金) つまさき
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18歳から19歳にかかるような、そういう10代の最後のほうの時間の中で、私の近くには随分と素敵な大人がいたなあそういえば、と実感した。
今日は彼と、久しぶりに友だち夫婦に会った。 とはいっても旦那さまのほうは私より9つ年上だし高校生の頃アルバイトしていたところの上司でもあったから、友だちというにはちょっと違うかもしれない。なんて呼べばいいのかわかんない。
今日は、彼らが私たちを、吉祥寺にある洒落たバーにつれていってくれた。
すごく楽しかった。
忘れかけていたちょっと緊張するような、背伸びをしたくなるような気持ちが甦る。今以上に、なんにも知らなかった10代だった私が、このひとたちに惹かれっぱなしだったのがよくわかる。彼らと一緒に過ごしていると、なんだか自分の内側が拡大されていくような気持ちになるのだ。私が見詰めているもの、感じるもの、世界、それ以上のものがこの世の中にはいっぱい溢れてるんだぞっていうことを、素直に実感できるのだ。別に、彼らが故意に私を教え諭そうとしてるわけでは全然ない。ただ、普通に、一緒にいる時間を楽しんでいる、それだけなのに。ほんとうに、私は、ずっとわくわくしてしまうのだ。そして、自分ももっと、向上しなくっちゃ、とただ思うのだ。
10代最後の頃、私は常にこんな気持ちだったはずだ。甘い焦燥感と向上心。誰かに対してその魅力を感じとるたびに、憧れる半面、自分はどうなんだと焦っていた。
あれから2年少しと経った自分が成長したとかしないとか、そういう問題ではなく、私は今現在の自分を幸福に思う。真剣に人と関わってきた付き合ってきたという経験は、宝だ、と思えるようになったからだ。どれだけご無沙汰してしまっても、自分の心がそんなふうにして付き合ってきた人たちとは、再会した途端、気持ちの良い時間が流れ出す。そう思えるからだ。
今そばにいる好きな友だちや、いろんな人のことを思う。これからも、いろんな人に対して可能な限り誠実な自分でいたい。
せっかく生きていくんだし、目に見えない宝は、やっぱたくさん欲しいのだ。
素敵な金曜日だった。
お店を作るという夢のためにもうすぐ引っ越すという友だち夫婦のハッピーな門出を心から願う。いつか、彼を横にのっけて、私が運転して、彼らのお店のある町まで行きたいなあ。まだペーパー街道から抜けてないんだけど。
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2001年 11月7日(水) いちごミルク
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寒くなってきたね、と言ったら、お母さんがマフラーを買ってくれた。嬉しかった。お母さんに何かを買ってもらって、それが温かくなれるものだなんて、今日の私は、まるでちっちゃいころのあの気分だった。
いちごミルクが飲みたくなる。
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2001年 11月6日(火)
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授業で、黒澤明監督の「羅生門」を観た。凄かった。時間の都合で、ところどころ早送りされてしまったけど、凄かった。かっこいい。
鬼も逃げ出す人間界の怖さ、というか、人間の心の恐ろしさ。
先生が言うには、それがこの「羅生門」のメッセージだって。確かにそう思った。
私たちは恐ろしく精密で巧妙で豊富でかつ純粋で傷つきやすいうつろいやすいものを一個ずつ、抱えているということ。感じる。
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2001年 11月5日(月) まわりにお水を
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昨夜真夜中、慌てて外した使い捨てコンタクトレンズは、朝目覚めるとふたつ揃ってぱりぱりになって死んでいた。新しいのは、たっぷりお水の中でぴかぴかだ。今も私の目の中にある。世界がよく見える。
この世界は、自分から求めないと、きれいなお水に辿り着けないんじゃないかなと思う。意志がいつも働いてるんだ。きっと。水をなくしちゃいけないっていう。無意識のうちに、すごく。すごいね?
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2001年 11月4日(日) 光のからだ
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今夜はチャラのライブだった。
初めての体験だった。
初めて見る生チャラは、思ったとおり、私を揺らして涙ぐませた。からだの真ん中を一本真っ直ぐと貫いてるチャラの魂が、あのからだを通して爆発しかけてる感じ。うわーって、もう高鳴るの。
もう駄目、くらくらだ。
たぶん私は、「チャラ」を一生、好きだ。
チャラ見ただけでも嬉しくて嬉しくてしょうがなかったのに、一緒に見に行った友達が大好きな女の子だったのも、輪をかけて、私を嬉しくさせた。
誰かにこんなふうに涙ぐまされるなんて、なんて幸せなのだろう。
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2001年 11月3日(土) サヨナラ
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腹が立つほど、底抜けに青い空だったときもあった。何度もそうだった。
でも、今日は雨だった。
雲に覆われた空、雨に濡れた町。
朝、ブラインド越しにのぞくと青くない空が見えた。嬉しかった。日付になんてとらわれたくない。もう怖くない。
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2001年 11月2日(金) ジャッキー・ディ
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ずっと前からジャッキーチェンのあの映画が観たいね、と言っていた二人だった。
気が付くと、ロードショー最終日の前日だった。
じゃあ明日行こうぜ!ということになって、もう一人友だちを誘って、今日は私たちのジャッキーデイ。
大画面で観るジャッキーのアクションはただもうそれだけで凄かった。ポップコーンも食べたし、コーラ―も飲んだし、大満足。
そのあと三人でカラオケいってふたりに私の好きな歌(マイヒーローの歌)をいっぱい歌ってもらった。居酒屋いって、キムチ炒飯とビビンバをおなかいっぱい食べた。
そして、もうひとりの友だちは帰っていき、残ったジャッキー好きふたりは、クリスマスイルミネーションそばの小奇麗なベンチに並んで座って缶コーヒー&レモンティーを飲む。空にはほぼまんまるのお月さんが浮かんでいる。気持ちのいい夜。
今日をそんなふうに過ごせて、私はとっても、あったかい気持ちだ。
最近、友だちのことが、それぞれひとりひとり、特別に好きに思える瞬間にたくさん出会っている。そういう瞬間が積み重なっていくたびに、私は、真剣に実感するのだ。幸せだ。こういう調子で生きていってやる。
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2001年 11月1日(木) グラムロック
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眠る前に観ようと思って、ビデオ屋さんから「ベルベッド・ゴールドマイン」を借りてきた。カラフルで艶々してて、観ていると、ストーリより何よりただもうぞくぞくしちゃう、そういう映画だった。
普段、私が生きてるところでは、想像もできないような、艶やかでギラギラで人工的な光が撒き散らされて、そのせいで、ほんとうの光が妖しくうねって見えるような世界のお話。
おかげで、「ベルベッド・ゴールドマイン仕立て」の夢を見てしまい、今朝は、ちょっと頭いたい。
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