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10月31日(木)
暗くなるのが早くなった。
きょうは曇ってて、暗かった。
明日から11月。
さて、そろそろ、きゅっきゅっとがんばりたい。
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10月30日(水)
今のわたしからは、どんな波動が出てるんだろうか。
図書館にいると、世界が、ぐるりとわたしを取り囲む。
いまではない時間とここではない場所が、わたしを取り囲む。
初めてじゃあるまいし、この感覚。毎回迷子になりそうになる。
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10月29日(火)
あかるい気持ちが、ちりじりとなって宙を舞う。
それを見上げ、くらくらする。
とつぜん、世界が素晴らしいもののように錯覚する。
どうせ今まで錯覚してきたんだ。
世界は素晴らしいんだって。
死ぬまで錯覚しつづけられたらいいのにな。
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10月28日(月)
うんと寒くなったから、あったかいものが恋しくなる。
きょうは、大学の演劇部の公演を観てきた。
その中で真っ暗闇を体験した。
まっくら、まっくら。ほんとうにまっくら。
あと数分、あの闇の中にいたら、自分の爪先がいったいどこにあるのかもわからなくなってしまったかもしれない。
それほどの真っ暗闇に身を浸したのはいつぶりぐらいだろう。
劇は面白かった。
劇のあと、一緒に観に行った友だちと語り合った2時間半も面白かった。
あの2人といると、湯水があふれ出すように自分があふれ出す。
精神を覆っていた皮が、一枚一枚剥がれていくのとでもいうのでしょうか。
こんなものだから毎度、あの2人と過ごしたあとは、火照る。
やましいことなんて何もなくとも、互いの精神を裸にすればするほど、共犯者みたいだわたしたちは。
という気分になってくる。
こんなんなっちゃってんの傍から見れば22歳と21歳の至りでも、わたしたちは本気だったりする。
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10月27日(日)
好きなことを貫き通すっていうのは、美しいことかもしんない。
だけど、自己満足という域をほんの一ミリたりとも突き出てない表現は、美しさを上回って、哀しみをたたえている。
拍手はきっともらえる。
家族と、親切で心優しい仲間、そしてたまたま通りすがった慈悲深い他人。
彼らがしてくれる。
それを、うれしいと思う心はやさしく美しい。それを、哀しいと思う心はきびしく美しい。
つまり、あまたっるいやさしさなんて御免だ。
そう思うのは傲慢なのでしょうか。そうでもいい。ひろい世界に愛されたい。
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10月25日(金)
お天気がよく、どちらかといえばポカポカ暖かかったもので、お散歩日和でした。
甘いものも食べたし、幸せな午後でした。
日々の流れは穏やかで、その中にあるきょうみたいな日は光ってて、こんなもんだからわたしは、わたしの人生にわがままひとつもいえない。
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10月24日(木)
新宿の映画館で、「アマデウス」を観た。
極上の時間だった。
しばらくわたしの耳は、モーツァルトから逃れられないだろう。
それにしても。
天才であるモーツァルトを崇拝しながらも激しい嫉妬を抱き苦悩していたサリエリが、最後のシーンで笑う。
「おれは凡人の中でもその頂点に立つ凡人の守り神だ」
あの瞬間のすがすがしさといったらない。
己の運命を呪っていたといってもいいほどのサリエリがはじめて己の運命を受け入れた瞬間なのかもしれない。
そして長い間、彼に対し冷酷だった運命をつかさどる女神はそこでやっと彼にむかって微笑みかけたのかもしれない。
あかるいあきらめ。一握りの幸福。それは同時にやってきてサリエリを満たしたのかしら。
あんな天才がそばにいたんじゃ参っちゃうよね、よくやったと思うよサリエリは。
とかなんとか思いつつ、「クラシック初心者のための選曲集(モーツァルト編)」をひとり聴くしずかな夜です。
これまた極上の時間。
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10月23日(水)
久しぶりに早寝をした。
真夜中の二時、ふいに目が覚めた。全力疾走する夢を見た直後のことだ。布団の中で、見ていた夢眠っていた自分しずかな夜を、いちどに意識した。
その裏にある闇みたいなおおきくて深いものにチラっと触れてしまったようなそんな気がして妙に怖くなった。
こんな時間まで起きてることなんてザラにあるというのに。そういうときには夜を怖いと思うことなんてほとんどないのに。
眠りが途切れた瞬間に垣間見る夜は不気味なんだなと。
というlことは、夜って、本来怖いものなんだなと。
実感した。
夜をナメちゃいけないんだ。
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10月22日(火)
丸一日お休みだったから、ナオちゃんと一緒にのんびり過ごした。
ナオちゃんといると、気が抜けたようにのんびりとしたやさしい心地が持続する。
歩きつかれて入ったお茶屋さんで甘い飲み物啜った。きょう来れなかったあだっちゃんに充ててふたりで手紙を書いた。
手紙をいれて封をしたあと、封筒の裏に共同でジャイアンの絵を描いた。わたしが輪郭を、ナオちゃんが髪の毛を、わたしが眉毛を、ナオちゃんが鼻を、といった調子で。
ジャイアンのみならず、その他にもいっぱいいろいろした。
コラボレーション気分。
ふたりで大満足した。
あだっちゃんは喜んでくれる。
ふたりで信じた。
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10月21日(月)
アイディンティティー。
いったい、どこまで遡ればよいのやら。まさか地球が生まれる前まで? 冗談じゃないよね。
ホントにもうどうしよう?
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10月20日(日)
近頃、「左でも右でもない」ということばが好きだ。とってもまっとうで。
自分は、ひどく残酷な人間だと思う瞬間は多々ある。
自分は、とても愛情深い人間だと思う一瞬もままある。
なにもかもが一緒くただ。お互いに強まったり弱まったりしながら同時存在してるんだ。きっと、そうなんでしょうね。
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10月19日(土) たわごと
朝方の夢の中で、わたしは美少女だった。心までが清らかだった。
一流のクラリネット職人を目指す、泥臭い田舎少年にほのかな恋心を抱いていた。もちろん少年もわたしのことが気になってしょうがないらしい。少年の不器用な、無骨な、愛情表現がちりちり身に沁みたのだ。
なんてこんな調子でこのごろは三人称的夢ばかり見ている。美少女にもなれるんだもの、夢っていいなあ。
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10月18日(金)
話したいことは山ほどあるの。
でもいざとなると、そのうちのほとんどが、みんな取るに足らないようなものに思えてくる。
おかしなものだわ。
あたまの中に何を詰め込んだって、こころのほうまできちんと沁み込んでいなくちゃ、「ものを知った」と言ってしまってはいけないような、そんな気がする秋なのだ。
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10月17日(木)
近頃は、本を開いても、目に付くのは生活の実感へと結びつくような類のことばかり。
霞を食べたいわけじゃない。しっかりと味のついた栄養のあるものを食べなくっちゃ意味がない。
浮遊したいのは嘘じゃない、でも地に足をつけることは忘れちゃいけない。肝に銘じてる。
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10月16日(水)
からだとあたまはどっちが強いのかな。
どっちでもいい。
お互い仲良くしていて欲しい。
片方が強情はるときには片方がやんわりたしなめてやったりね。
そういうふうに協力し合って、わたしをわたしにまとめあげてほしい。
いまんとこ、オッケー。
きょうもすてきな午後だった。
東京タワーがきれいだった。
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10月15日(火)
雷の音に驚いた。真夜中の大雨。心なしか額は熱っぽい。
季節と季節のあいだにあるズレに、体がどうも敏感すぎるようだ。今回もまたおかしくなっちゃった。
ほらまた、くしゃみをひとつ。
今夜もはやいとこ夢の中に沈んぢまおう。
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10月12日(土)
願いごとは、垂れ流すだけでは叶わないということを知った。
怖いくらいだ。
どこまでもわたし次第なんだもの。
長い間なかなか手に負えなかった「欲望」を、近頃ようやく飼いならせるようになってきた。
これから先は、ほんとうに欲しいものだけを欲しがるんだろうな、わたし。
過去とは仲直りできた。
未来に胸をはれるまでは、たぶん、あとすこし。
あとすこしだ。
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10月11日(金)
涼しくなってきた。
夕べなんて、月も見えた。冴え冴えと光ってた。
ところで今夜のわたしはとってもハッピー。
ずっと会いたいなって思ってた子に、きょうは会えた。会えてしまった。
小学校のときに、イチバンってくらい仲の良かった女の子。
夜道でばったり再会。
深夜のファミレスで盛り上がった。
長いこと会ってなかったのが嘘みたい。素の自分が丸出しになった。
それはほんとうに心地の良いことだった。そうとしかいえない。ただただ心地が良かった。
ちっちゃなときの自分を、またすこし、認めてあげたくなった。
ハッピー。
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10月9日(水)
沖縄料理屋さんでごはんを食べた。ステキな夜。
みんなでさんざんはしゃいで、さんざんしゃべった。
水曜日はいつもこんな感じ。
ふざけたり笑ったりっていうのを心おきなくできるこの感じはうれしいな。
おかげでそうとうくたびれちゃった。
遠足にでも行ったあとみたいな夜。
今夜はよく眠ろう。
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10月8日(火)
なにもかもが、誤解でできてるようなそんな気分。
別に憂えてるわけじゃない。
ただ、「ほんとう」のわたしを知ってもらいたい、なんてもうあんまり、誰に対しても思わなくなった。
その人にとっての「わたし」でいい。
というよりも、もしかして、わたしにとっての「わたし」より、ある人にとっての「わたし」のほうが、そのある人とわたしとの間にあるもの大事にできているのかもね。
ともあれ、「わかりあう」ということの意味が強迫観念にならないように。空気感を軽視しないように。やみくもに誤解を否定するのはやめたいものです。
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10月6日(日)
すこし大袈裟すぎる話し方をしてしまうときってある。
つまり、今がそうだ。
でもしょうがない。
感動のせいでからだの内側が焼きたて状態、火照ってしょうがないんだもの。
今しがた、グレタ・ガルボの「ニノチカ」を観終わった。ほんとうにたったの二分前に観終わった。
素晴らしい映画だった!
ウラー!と躍り上がってしまいそうなほど。
どこがどう素晴らしかったのか冷静に分析できないほど、ただもう…火照っている。
この感動を、殴り書きでもいいから日記に書き付けたくて、だって今書かないと勿体無いんだもの。
今のわたしの感情をどうにか具体的に記憶したいんだもの。記憶しておけばいつまでたっても思い出せそうだし、そのたび、絶対、嬉しくなる。
今、そういう気分なんだ。
「ニノチカ」がそうさせたんだ。
ああ。パソコンって便利。こんな具合なんだもの。もしもペンだったらあとになって読み返せるようなちゃんとした字じゃなかった。
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10月5日(土)
日常を、細部まで愛そうと努力するのはいいことだと思う。でももっとおおらかに行かないと愛そうとする気持ちそのものに押し潰されておかしくなっちゃうわ。
おおらかに、おおまかに、全体的に日々を愛するのがイチバンだなぁ。
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10月4日(金)
過去にそっぽをむくのは幸せなことじゃないわ。
現在をしっかり肯定していない証拠だもの。
未来をおもって恥らってるのは霞を食べてるのとおなじこと。
あれだわ。
過去を卑下したり、未来に媚びたりしたくないからさ。
できるだけ心を込めて今を生きようかなあと思うんだよね。
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10月3日(木)
幸福感がからだじゅうに満ちている。
きょうは、いっぺんにたくさんの人たちに会った。
朝から晩まで次々と。
ワクワクとする。
あ、この人(たち)、好きだ。
それを実感するときってたまらなく幸せだなと思う。
活力だなと思う。
にっこり。
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10月2日(水)
きょう、初めてグレタ・ガルボの映画を観た。
「マタ・ハリ」。
処刑所に連行されゆくマタ・ハリが薬指の指輪に接吻をする最後の1シーンに、涙が止まらなかった。
グレタ・ガルボの美しさったらなかった。
己の女としての魅力に絶大なる自信を持ち、優雅に振舞うガルボの表面だけなぞらえば、恋の駆け引きってやつはこんなふうに実行するものなんだなと思わされる。
映画の終盤でマタ・ハリは愛に目覚める。その愛し方には参った。愛にほんとも嘘もあるまいよ、という議論はさておき、いわゆるほんとうの「愛」ってこんなものなのね、と思わずにはいられなかった。間近に迫る死への恐怖をも超越した愛。
THE ENDの白い文字が出た瞬間、ぞっとした。
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10月2日(水)
雨風はあっというまに去っていった。
夜半すぎにはお月様が浮かんでた。ニヤリと笑ってるような形だった。いい根性してると思わない?妹がいった。
「あたりまえなんだけどさ、月って台風がきたってビクともしないんだもん」
とかなんとかいって。
そういわれればそうだ。
台風あけの夜空はことさら呑気そうにも見える。
ミサイルが飛ぼうと爆弾が落ちようと失恋しようと、空は空、なのね。
というわけできょうは久しぶりの半そで。
学校に行ったらいろんなひとと久しぶりに会えて非常にいい感じ。
またしてもおしゃべりがすぎてしまったわ。
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10月1日(火)
タイフーンだ。タイフーンだ。
激しい風に雨。
空気が濡れていて真夏の夜みたい。
テレビでは天気予報の日本地図ばっかり映ってる。
昔だったらロウソクの出番だ。
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