ON日記
2002.2〜2.28
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2002年 2月28日(木)
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最後のお茶漬けまでおなかいっぱい食べた。みんなと一緒に。居酒屋で。
夜はもうやわらかいんだ。そんなに寒くない。久しぶりにみんなと会ったから、嬉しかったし楽しかった。わくわくした。
やっぱりわたしは、このひとたちがいることによって出来上がる空間がとっても好きみたい。
鞄の中には図書館で借りた本が二冊。本屋さんで買ったばかりの本が一冊。どれもこれもいとおしい。読めばきっとまた、わたしの心を拡げてくれると確信できるから。
深夜0時近い繁華街を、みんなで駅に向かって歩く。三月間近。
しあわせな気持ちで明日からもわたしの時間を生きよう。
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2002年 2月26日(火)
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何かを思う。
それがあるから、何かが出来上がるんだなあと今更ながら思う。
誰かが何かを思う。
それがあったから、今、わたしのいるこの場所にはいろんなものがあるんだなと。
意識した途端、わたしはあらゆるものにささやかに息づく多くの人たちの意志を感じた。太古から続く数え切れない人たちの意志。ちょっと仰々しいけど、ほんとうに。
中学校の卒業式のとき、校長先生やPTAの会長さんの挨拶に引き続き、ある来賓のおじさんが壇上に立った。人前で話すのに慣れてなさそうなその人が、一体、どういう人だったのかはもう全然思い出せない。ただその人の言ったことが、十五歳のわたしの心を妙に動かした。その人は壇の上に置かれた大きな花瓶の花を指してこう言ったのだ。
「この花だって、勝手にここにやってきたわけじゃないんです。誰かが『花を飾ろう』と思ったからこそ、花瓶が運ばれ水が注がれ、花屋さんから取り寄せられたんです」
そのあと続いた言葉がどんなだったのかは忘れた。君達はひとりで大きくなったんじゃない。そういう説教じみた挨拶の域を越えた何かを感じさせるのは確かだった。
ほんとうにさりげなく、わたしの心はざわめいた。とにかくその言葉はわたしの中に残りつづけていた。
今は単純に感じる。おじさんが言いたかったことは、ほんとうに大切なことだった。
目の前にあるものに物語性を感じる。ロマンティックじゃないか。私自身に物語性を感じる。わたしの生き方の基礎が、すこしずつ出来上がっていく。
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2002年 2月22日(金) 今日のこと
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・今日も散歩するのに適した心地の良い日だった。乗り慣れない電車のホームのベンチに座っているのも楽しかった。各駅停車の駅だと、ほのぼの感が上昇し、息がつける。わたしのリズムを捉え直すことが出来る。こういう実感は、いちいち大事にしたい。
・かの有名な下北沢の不思議な本屋・ヴィレッジヴァンガードは、今回もわたしを泣かせた。あまりにも濃密、あまりにも強烈。魅力的な底なし沼みたいにわたしをその中に引っ張り入れる。楽しいったらない。だけど日本中のあらゆる空間がみんなこんな感じだったら、それはそれであんまり良いことじゃない。ともあれ、今日はお店に入った途端、ブルーハーツの「チェインギャング」がかかかっているやらで、文字通り、泣きそうになったんだよね。
・友だちと観たお芝居(下北沢OFFOFFシアターでやってた)も、とにかく面白かった。ぎゅうぎゅう詰めの客席で一時間半座りっぱなしだったから、おしりがとても痛くなった。だけど、いっぱい笑えたからすっきりした。やっぱ、大声で笑うのって、健康にいいみたい。風邪もぶっ飛んでしまった気がする。
・帰り道にはお月さんもクリヤーに見えたし、お星さんも見えた。今日は良い子の気持ちのまま眠ろう。
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2002年 2月21日(木) アカデミック
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今日は、どことなく湿った感じの風が吹いて、真冬の真ん中に、やわらかい日がぽっこり生じたみたいで嬉しかった。
学校の図書館に行った。ざっと二週間くらいぶりだ。何だかんだいって学校の図書館は落ち着くなあと思う。そりゃそうだ。わたしのアカデミック心の出発点だもんね。なんだかいろいろ、夢中だ。
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2002年 2月20日(水) ピンクの金魚
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友だちが金魚を送ってくれた。
おもちゃの金魚だ。
透明なピンク。透明な袋に真空パックされている。とってもラブリー。
今日は少々、熱っぽい。だからこんな、ひんやりした感じのものが来たこと、ひとしお嬉しい。ともあれ、ビデオで映画でも見ながらゆっくり休もう。
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2002年 2月19日(火) マイワード
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新しいCDラックを買った。
部屋の掃除をした。深夜までかかった。
掃除が終わる頃、映画「スティング」のサントラをかけてみた。思わず踊り出してしまった。ホウキとハタキがダンスの小道具だ。前の晩もあんまり寝てないから本当はひどく眠たいはずなのに、心が弾んでしょうがなかった。
わたしの、わたしによる、わたしのための世界(部屋)が完成しつつあるんだもの。ふっと背筋をのばして、ぐるっとまわりを見回してみて、しみじみ思う。何もかもが私の好きなものばかりだ。つくづく私の好きなものばかりだ。この部屋にあるもの。
誰もが好む部屋とは言えないけど、たぶん、世界にもう一人だけ、わたしがいたら。頭のてっぺんからつま先、心の中も全部、まるまるわたしとおんなじわたしがいたら。きっとこの部屋が居心地いい。
スティングを聴きながらそんなことを思った。
この部屋は確かにわたしの足場だ。
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2002年 2月15日(金)
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今日もまたどこへ行こうかと考えて、行き着いたのが原宿にある区立図書館だった。これがまるで宝物を発見したような気持ちになる。そういう図書館だった。賑やかな表通りからひっそり隠れたように穏やかにたたずんでいる。そんな感じの図書館だった。閲覧室は西側一面が窓で、太陽の光がブラインド越しに気持ち良かった。
居心地も良かった。また行こう。
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2002年 2月14日(木)
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山手線に乗った。片隅に座った。手塚治虫の「火の鳥」を読んだ。「復活編」。電車から降りなくてはならないことがもどかしくなった。まじめに、心に突き刺さる。すごい、とじかに感じることは、涙腺が緩むこととつながる。生き続けるものとはこういうものなのだろう。胸が落ち着かない。
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2002年 2月13日(水)
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テレビをつけた。ブルーハーツがTRAIN-TRAINを歌っていた。強烈なパワー。お風呂上がりのわたしは、濡れた髪をほっといて、そのまま画面の前に釘付けだった。動いているブルーハーツを見る機会って、稀なんだよ。感極まりそうだった。
わたしは何歳になるまで、ブルーハーツが大好きなのだろう?
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2002年 2月12日(火)
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どんなに長く手を伸ばしてみたって、掴めないものはある。
別に哀しいことじゃない。
光にあたためられてるだけで、気持ち良かったりするような、こういう身体をもって生まれてこれたんだもん。
わたしはこの身体にこの心を含め、この今を味わっていく。ふらついたりぐらつくことはあるだろうけど、それはそれとして受け止める。たぶん、この調子でやっていけるだろう、結構楽しく、結構幸せに。
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2002年 2月11日(月)
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フランシス・コッポラ監督「地獄の黙示録」を観にいった。
気が抜けた。というより、脱げた。
なにか強いものが、わたしの深いところを突き動かし揺さぶりつづけた。
こんなに揺さぶられたのは久しぶりだ。もしかしたら初めてかもしれない。こういう種類の脱力感。内側からくずれていく感じ。ただし、くずれるということによって何をも失わない。むしろ、余計なものが潔く剥がれていく感じだ。
自分を自分として成り立たせているものは、たぶん、自分の真ん中にある。だけど真ん中っていうのは、結構、深い。まるで地球。深くて熱い。
今日は、そこへ一段、近づいた。
まだちょっと火照っている。
はやく、迷いのないわたしというのを生きてみたい。
迷いもときには美しいけど。
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2002年 2月7日(木) サンクス
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今日もあたたかで、心なしかどこか湿っぽい風が吹いていて、気持ち良かった。春にはまだ遠いのだろうけど、こんな日がところどころ散りばめられているのならなんとかなりそう。
最近、いろんな人のことをあたらしく好きになっていく。まるでわたし全体が脈打っているかのような感じ。きっとわたしは、あらゆることを素直に望んでいいんだろうなと思う。目の前にあらわれた素晴らしい瞬間、そこに生じる感情、それらを何一つないがしろにしていない。しないようにしてきた。噛み締めると感謝の味がする。
このまま行こう。時間は永遠にわたしの味方になってくれるはずだ。
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2002年 2月5日(火) 踊る石
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「ぼくらの身体に存在するすべての原子は有機生命体が生まれ落ちる遥か以前、40億年も前から存在していた。ぼくらが鉱物だったときのことを、溶岩だったときのことを、岩石だったときのことを思い出してごらん。石だっていろいろなものに生まれ変るんだ。ほら、ぼくらは踊る石なんだよ」。
オーストラリア熱帯雨林情報センターのディレクターであるジョン・シードさんの言葉。今日読んだ本の中にあった。
身体の輪郭が拡がっていく感じ。
五感を真剣に遣おう。そうすれば、わたしはたぶん、もっと大きくなれる。もっと拡大される。そう思った。
雨の音を聞きながら。冷たさを思い浮かべながら。
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2002年 2月4日(月) あいこそすべて
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「イエローサブマリン」という映画にとっても泣かされた。珠玉のファンタジー。
昔、「にこにこぷん」や「ドラえもんの映画」を観たときのような気持ちがした。物語が始まり出した途端、終わるまで、自分がどこにもいないような感じになってしまうあの気持ち。わたしは確かに取り込まれていた。明るく強いパワーの内側に。「イエローサブマリン」には愛が満ちていた。力強かった。
ビートルズはすごいんだ、やっぱ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいい。きっかけさえあれば、たぶん誰もがみんな、ビートルズを愛してしまうんじゃないかなあと思う。わたしは今、自分が言い過ぎていないことだって確信している。
そしてわたしはまた考え始めるんだ。
愛が出来ること。愛の実体。
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2002年 2月2日(土) ピカピカ
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「UnizonA」の上演が終わった。
たった2日間ではあったけど、立派に千秋楽。
みんなと別れてひとりになったとき、
冷たい夜がいつもよりも綺麗に響いてきた。とっても寒いはずなのに、寒くない。からだが内側からあたためられていた。わたしのなかのシンプルな炎。
素晴らしい体験をしちゃった。
そう思う気持ち。それがこころを火照させる。わたしはあたたかだった。
「UnizonA」を構成するメンバーは、プロデューサーを始め、役者、舞台監督、制作、商品企画、音響・照明、小道具・衣装、そしてわたしが参加している原作チームのほかのメンバーふたり。
ぜーんぶが同年代の人たちだ。
だけど共通点は年代だけじゃない。
わたしは内側から「UnizonA」に関わることによってはっきりと見た。
ここに関わっている人々は、誰一人欠けることなく強烈に真剣だ。自分の仕事に対し、ものすごく真剣だ。真剣さはどこから生まれてくる? 紐解くのは簡単。みんながみんな、心底したいと思うことをやっている。そこから始まっているからなのだ。
今、終わってみて、はっきりといえる。
みんな、とっても凄いや。
わかりやすいのはやっぱり役者さんで、みんな舞台に上がった途端、顔つきがほんとうに変わるんだ。ただただ見入るしかなかった。
実はわたしは、大勢でわいわいがやがや何かを作る、ということが得意じゃない。信じられないほど手先が不器用で力もそんなにないし頭の回転も笑っちゃうほど呑気だ。計算も苦手で、機械オンチ。あんまり関係ないけど運動神経も低い。だからこういう大きなプロジェクトに参加したって、人々の役に立つどころか、足手まといになるだけだ。そんなわけで、大勢で何かをやる、ということは私にとって泣けるほど苦手なことなのだ。
だけど「UnizonA」は違った。
なんていうことはない。
わたしは、わたし自身を求められたのだ。わたしにしか出来ないことを求められた。もちろん、参加したのは好奇心からだったのだけど、あとから思い返して強くそう思う。わたしはわたしにしか出来ないことをやれば良かった。ただし、今持ってる分でいいから最大限の力をあますところなくそこへ注ぎ込むということを条件として。
具体的にいうと、わたしはそういう気持ちで「UnizonA」で上演する劇の原作(小説)を書いた。間違えなくこういう気持ちで書いた。
たぶん、参加したメンバーのほとんどが、どっかにこんな思いがあったんだよ。絶対にみんな、こうだった。
だからあんな空間が出来上がったんだ。
正直いって、みんなで作り上げたものは、完璧に美しくぬかりのない器用なものではなかった。あちこちが荒削りで極端にダイナミックでどっか抜けてたりしてた。
でも紛れなくピカピカなんだ。
正直いって、震えるほどの才能のカタマリが姿をあらわしたわけじゃない。全員を見渡しても。だけど、全員の中から、各自専門分野の才能の可能性が、土の上に撒かれた金粉のようにピカピカしてた。
ほんとうに嬉しい。
誇れるなあと思う。
わたしは自分が属するこの世代を、信じてる。金粉は、きっと、あちらこちらにこぼれている。今もこの世界の中で。絶え間なく。誰もがみんな、心底自分に忠実になるべきなんだ。そして心底やりたいことをその手で掴むべきなんだ。それが自分自身になる、ということだと思う。
わたしたちは、ひとりひとりが気持良く自分自身になるべきなんだ。そうなることによって、わたしたちは気づく。世界が自分に何を求めているのか気づく。それを実現させようとする力が、この世界にはもっとたくさん必要なんだと思う。
そしたら、良くなる。何もかもがほんとうに良くなる。
「UnizonA」体験で、確信した。
笑われたって構わない。
わたしは言いつづけたい。理想論。理想のないとこに希望なんかないでしょ。
わたしたちの世代は、軽やかに真剣なんだ。
P.S
ウエダくん、マスイくん、これが今のわたしの正直な気持ちです。ありがとう!
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