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2002年 4月29日(月)
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今日もお休み。しかも、とってもあたたかな、良い一日。
高校3年生でフィルハーモニーオーケストラ部の妹の、定期演奏会を観にいった。これで引退だという。
毎日、家でギイコギイコ練習を積み重ねていった妹。
今日は、ほんとうに晴れやかで眩しかった。
妹ひとりだと、ギイコギイコとしか聴こえないのに、やっぱ、全部が集まると、とってもいい。ひとりひとりの子が、それぞれの役目を、真剣にまっとうした結果が、あんなでっかい、ひとつの「音楽世界」を生み出すだなんて、単純に、感動。
音楽って、すごいわ、やっぱ。
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2002年 4月28日(日)
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女ばっか6人で映画を観にいった。実に楽しい一日だった。
映画が終わって、ふと隣を見ると、友だちが目を潤ませていて、わたしが男だったら、きゅんとしたろうに。
わいわいわいって感じ。
ガールフレンズ、ばんざい。
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2002年 4月27日(土) 小説
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小説を書いている。いつもより、大分長いのを書いている。とっても楽しい。ときどき、こんなもの誰が読むんだろうとか思う。こんなもの意味なんてあるのかよ、って思う。とっても苦しい。でもやっぱ書きたいって思う。
少なくとも、わたしは読むし、わたしには意味がある。だから書いている。書いていこうと思う。
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2002年 4月26日(金)
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何はともあれ、わたしの空は晴れました。かといって、雨も、雲も、決して憎んでなどいません。雨も、雲も、みんな、あの空には必要だもの。
能面のような空なんて、死んでるみたいで、かえって切ない。
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2002年 4月25日(木)
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図書館で、ヘッドフォンで、一枚のアルバムを延々聴き続けてるのは、すごい。半ば中毒状態で、酔ってる。 夜中に、ひとり暗い部屋で、おんなじアルバムを聴くと、おんなじ気持ちになる。意識は、底なしだ。
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2002年 4月24日(水) その2
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そのひとは、私よりも、三十歳くらい年上だ。去年の夏、山形のとある喫茶店で出会ったのがきっかけで友だちになった。
きょうの夕方、そのひとと会った。九段のとある喫茶店で。
そのひとの、ことばのひとつひとつが、わたしに真っ直ぐと届き、それはそのまま、わたしがこれからやっていこうとしていることの力の源となった。
そのひとにはそんなつもりはないんだろう。でもわたしは嬉しかった。
余計なものを捨てる勇気は、いつも、いろんなものによって、隠れがちだ。わたしは、今、ようやく、いろんなものを取り外すことを学んでいる。
いろんなひとの存在に感謝しながら。
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2002年 4月24日(水) その1
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随分、よい季節となりました。
散歩に適してます。
大学生活も四年目で、いろいろなことに慣れきった気もしますが、やっぱり、今ある感情は、毎回あたらしい。友人たちと語らう時間はほんとうにいいものです。会話の中身にとりとめなどまるでなくとも。どんなに心乱れようと、愚かなことを口走ろうと、忘れてはならないと思います。自分には、好きだと思う人たちがいる。好きだと思う場がある。それって、しあわせなことじゃないですか。美味しいものを食べてるときとよく似てる。
随分と、よい気持ち。
またどうひっくり返るかはわからないけど、いちいち丁寧に味わって生きる覚悟は決めました。
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2002年 4月23日(火)
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なんだかちょっと、深刻になりすぎてたかなあと思う。
ゆるやかじゃなかったなあと思う。 だってわたし、ここんとこ、あらゆるものに対し、「YES」と感じる気持ちを、ずっと忘れてた。
でも今日、思い出した。
わたしの底にはもともと、「YES」がある。
きっと、大丈夫だ。
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2002年 4月22日(月) 欲
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もっと自由に、もっと力強く、想像してみてもいいかな。
もっと自由に、もっと力強く。想像したい。
わたしが、腹の底から、わたし自身に満足した瞬間のこと。
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2002年 4月21日(日)
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雨が降っている。
でも、もうそんなに寒くない。
いよいよほんとうに春が来た。
「うつくしい希望の季節」。
ほんとうに、希望って、うつくしいのかな。呑みこまれないように。ちゃんと目をあけていよう。呑みこまれないように。ちゃんと。
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2002年 4月17日(水) スキ
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きょうは帰り道、空が紫だった。久しぶりに細い月も見た。風の強い一日だった。
すこし大げさな言い方をすれば、わたしは今日、しあわせだった。わたしは、ちゃんと、いろんなひとのことがとても好きで、いろんなひととの時間や空間が快い。
みんな、はみだした私の我侭を、なんの気なしに、拾って放り投げてくれる。わたしはちょっと泣けたりもする。どう転んだって、わたしには、これだけ好きと思える友だちが、ちゃんといる。きのうまで続いていた意地悪な気持ちが溶けていく。勇気だって湧いた。
こういう感情が得られるからこそ、日々の味を髄まで噛み締める甲斐があるもんだ。 やっぱ私、生きるのスキだ。
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2002年 4月16日(火) キライ
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わたしは、協調性がとってもあると思う。もしもわたしが強調性のない人間だったら、わたしは誰とも付き合えなかった。友だちなんてひとりもいなかった。そう思うほど、最近、わたしはわたし自身の自己中心性の大きさに驚かされている。強調性というタガが外れてしまったら、わたしはおそらく社会生活できなかっただろう。
社会は、いい場所だ。ここにいられることができるだけでありがたい。社会は、わるい場所なんかじゃない。
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2002年 4月15日(月)
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今更だけど、「初恋が来た道」を見た。
ぼろ泣きをした。
真夜中にひとり、ほんとうにバカみたいにぼろ泣きをした。
余計なものはなんにもいらない。ただ一人の人を、生涯かけて愛しぬく。言葉にすると簡単ですが、映像として表現されたものを目の当たりにしたときには、ただ泣くしかなかった。
余計なものにまみれてあたふたしている今の私には、それは眩しすぎた。
思い知らされる、痛いくらい。
もっと捨てなくちゃ、豊かになれない。
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2002年 4月14日(日)
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いつキレるかわかんない。
幸せごっこに精を出す思春期の女の子。誰も彼もが天才に見えた。でも本当は、自分が天才ならいいなと思ってた。まだ、軽蔑の方法も知らない。軽蔑の対象もいない。
きれいな空っぽの心、はじけるのが得意。
もう、キレることはないだろう。
天才は、おとぎの国の王子様(お姫様?)。
絵本を閉じた。
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2002年 4月13日(土)
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自分に誠実に生きよう生きようとした挙句が、人好きから人嫌いになりかけてしまっている。くるしいな。
生きるということを自覚すれば、自覚した途端、幸か不幸かなんて自分次第だと思ってた。
自分自身に丹念になればなるほど、厳密になればなるほど、しあわせもふしあわせも、精密度が増す。
でも、こうなることを望んだのは私だ。
決めたとおりだ。大切なものしか大切にしない。
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2002年 4月11日(木)
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私はまだ覚悟ができていなかった。あらゆるものを捨てる覚悟。肝っ玉もすわってなかった。困ったね。
自分が不器用だというのは、昔から知っていた。でもこれほどまでだったとは。悲しくて嬉しいよ。
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2002年 4月10日(水)みちびき
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私を導いてくれるのは、私自身のほんとうの気持ちだろう。
それを信じないで一体、どうしろというのだろう。
ここまで信じて、ここまでやってきて、今更疑うのも、なんかしょうもないよなあと思う。
迷わせる。惑わせる。ちょっと顔をあげれば、そうなってしまう材料ばっかりが転がっている。
それもまた味じゃない。
鉄のような意志なんて特に必要ない。揺れながら惑いながら、指ですくうようにいろんな感情と遊ぼう。全部、モノになるんだから。
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2002年 4月9日(火)サヨナラ
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古くなってしまったデスクトップコンピューターを、明日、知り合いに引き取ってもらう。今だってコンピューターはそんなに得意じゃない。でも、明日引き取られていくこのコンピューターに初めて触れたときの私は、キーボードを打つのもままならなかったんだ。ざっと考えて五年前。
中に入っている古い書き物やらメールやら色々、久しぶりに見た。
なんというロマンティシズム。
なんというセンチメンタリズム。
そこからは、私が、堂々と溢れてきた。恥ずかしいなんてものじゃない。 真剣さが胸を突く。世界には、私ひとりきりだった。そんな匂いがした。私にやさしく激しく何かを捧げてくれた全ての存在は、すべて、私の外側にいた。
私はそれを自分自身の内側に響き渡らせることに精一杯だった。そういう時間。十代。
さようなら、ありがとう。
私の初めてのコンピューター。
今私の世界には、何がある?
誰がいる? まだ響く?
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2002年 4月8日(月)何食べる?
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今夜で終わりなら、と思って生きれば、何もかもが際立つだろう。感受性が泣くほどにはっきりと強く明るく、あらゆるものすべてが響いてくるのだろう。
でもそう思うのは、とんでもないほど罪深いとも思う。思うから、やっぱ、響くものしか響いてこないんだ。
いつからこうなっちゃったんだろうね。
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2002年 4月4日(木) 今
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まんまるい種は、確かにある。
栄養分を待っている。
銀製の如雨露の中には、透きとおった甘いお水。
空ばっか見上げてると、もっと不安になる。地面も見ておこう。
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2002年 4月2日(火) 幸あり
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ずいぶんとあったかくなったものだ。今日の学校は人がいっぱいだった。明日は入学式だし、もっといっぱいになるだろう。私もいよいよ4年生だ。
3年前、素晴らしい明日の予感、と歌うように思いながら歩いていた道を歩く。その明日はいつしか今日そのものとなり、未だ続いている。
まずいな。幸せにしかなりたくないや。頑張ろう。
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2002年 4月1日(月) 大きい
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布団を噛みそうになった。
ゴッドファーザー(PART1)を観たのだ。
泣きこそしなかったけど、たまらないと思った。凄いと思った。実は何にも言いたくない。私の感情ときたら、一晩たった今でもまだ火照ったまんまで、言葉として束ねられることを拒否してる。凄いものに出会ってしまった。あの感覚だ。
やっぱ、スケールのおおきいものには参っちゃう、参っちゃう。
豪快に感動させられる。
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