ON日記

2002.5.1〜5.29

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2002年 5月29日(水) 

 なんだか、晴れやか。
 あったかくなってきたかな。
 汗ばむほど、夏の感じに近づいているからかな。
 いろんなひとや、いろんなもののことを、好きだと思う。柔らかく水気を吸い込むこの感情、いい感じ。
 敵わないものはいっぱいある。でも、それを前に力をなくしている場合じゃない。わたしはわたしにできうる限りの現実を、あらわそう。

2002年 5月28日(火) 

 明るさとか暗さとかは、絶えず、ぐるぐると、空の上を循環しているんだなと今更ながら感じる。
 空の上って、いまいち、どういう意味かわかんなくなってしまうけど。
 わたしのあたまの上、っていう意味とすれば。窓のむこうっていう意味とすれば。望む望まぬに限らず、空は明るいのと暗にのを繰り返していく。

2002年 5月27日(月) 

 うとうとしてたら、いつのまにかすっかり寝入ってしまって、目が覚めたとき、外は明るいとも 暗いともいえないような濡れた感じ。枕もとの時計は、7:03。なんだ朝か、なんて思ったら、夜だった。
 明るいとも暗いともいえないようなあの淡さには、夢の匂いがして、人を惑わせるものだねえ。 

2002年 5月26日(日) 虹

 今日は、ものすごく久しぶりに、大きな虹を見た。夕方、家の窓から。
 大きな大きな虹だった。
 水を含んだ空が日の光を帯びたときの、一瞬に、出会えた気がして、うれしかった。  

2002年 5月24日(金) 

 たくさん笑って、たくさん元気になろう。でっかいことをしたい。胸の中に巻き起こる、偉大な波。
 たくさん笑って、たくさん嬉しい。
 いつまでも、いつまでも。
 努力したい。

2002年 5月23日(木) 

 文学はいったい、なんの役に立つんだろうとか考え始めるとキリがない。
 わたしを内側から潤し、ねじを回してくれたもの。そういうものとの出会い、出会ったときの感覚、感激、忘れそうになる。
 わたしも、誰かにとってのそういうものを、この手で作り出したいとこの頃、冗談抜き、大真面目に思う。
 生きることの意味とか、えらそうに言えないんだけど、とりあえず、22歳の今、心底、そう思う。

2002年 5月22日(水) シェスタ

 わたしは、どっちかというと、激しいことは好きじゃない。
 外へ出ることよりも、家にいることのほうが好きだ。
 あ、でも。
 あてなく散歩したり、親しい人たちとのんびりごはん食べたりお茶飲んだり。そういうことを、日々の中で、ゆったりやっていくことが好きで、そのためになら外に出ることもためらわないけど。
 旅行で海に行ったときも、海辺ではしゃいぐよりも、浜で寝っ転がるほうを自然としてしまう。あっちこっち行って買い物を楽しむよりも、お茶屋さんかなんかに半日中いるほうが多い。
 と思われる。
 そんなわたしの、新しい楽しみとは。他人の書いたパワフルな放浪記を読むこと。自分では、ひっくりかえっても真似できないんだもの。自室のベッドに寝っ転がりながら、そういうものをパラパラめくってると、幸せ。
 まるで、自分もおんなじ体験してるみたい。そう思うために、行間まで、味わって読む。いつのまにか部屋は夕闇に包まれ、まどろむわたし。
 のんびりまったりしてるのも日の射すうち。夜になったら、いざ、闘い。GO! 

2002年 5月21日(火) 身体論

 からだは本当にひとつっきりしかないなあと思う。
 こころは、幾層にも別れていて、ときには、いくつもあるような気がしてしまうのに。
 からだは、どうあがいたって、ひとつっきりだ。
 だから大事にしなくっちゃ。
 壊れちゃったら、なんにもできない。ときどき、気持ち良いことしてあげることも忘れないようにしなくちゃ。

2002年 5月20日(月) 休日

  娘っこが三人寄ればかしましい、とはよく言ったものだ。
 娘っこ7人とか8人とかで、ケーキバイキングしてる日には、かしましさも絶好調。よく喋ったし、よく笑った。本音で顔を付き合わせる友だちが、一気にあれだけ揃うと、ブレーキもかかりにくくなるから大変。
 ケーキバイキングの場所が新橋にあったからさあ大変。娘っこ、ゆりかもめ経由でお台場に乗り込むのです。
 裸足になって海に入る娘、傘で容赦なくクラゲを突付きまくる娘、ケーキをさんざん食べてきたというのにアイスクリーム食べて、たこ焼き食べて、小香港の雰囲気に酔いしれながらはしゃぐ娘たち。ゲームセンターでタンバリンゲームに熱中する娘。
 それから、ごはんを食べるためにさまよい、ショップのお兄さんがかっこいいとはしゃぎ、夜景を見て騒ぎ、挙句の果てにはレインボウブリッジを歩いてわたると言い出す娘もいる始末。ホントに歩いて行っちゃったけどね、その娘。
 みんなといると、ただ楽しい。
 でも、ふっと、こわくなる。
 このごろ、何かが楽しすぎると不安になる。わたしはこんなことしてていいのかなあって。
 自分は、息抜きするのに値するほどのものなのか。ほどの状況なのか。
 こんな罪悪感は、一日を、もっと甘くいとおしく彩る。
 なんだか、懐かしい感情。
 やることをやらなくちゃ。

2002年 5月19日(日) 

  あつくなったと思ったら、急にまたさむくなったり、そしてまたあつくなったり。
 気まぐれなものだ、お天気も。
 しかし責められない。
 流動的なところが、なんだか美しいから。
 あー。明日も、どんなふうに服を着ればいいのか迷うに違いない。

2002年 5月16日(木) 

 まじめに自分を世界に向き合わせると、それだけ、大切な人も大切なものも増えていく。
 でも重要なのは、大切な人やものを増やしていくことではない。
 自分は、どうがんばっても、この世にひとりしかいない。そういう限りある自分を意識しながら、大切な人たちやものものに働きかけること。それが一番大事だと思う。
 できることとできないことがあることを知らないまま大人になっちゃダメだ。できないことを認めて、できることを一生懸命、やらなくっちゃ。なあ、と思う、22歳の初夏。
 とどのつまり。
 わたしは、わたしなりのやりかたで、大切なものを大切にしよう。

2002年 5月15日(水) 

  きょうの陽気は良い感じ。
 でも、あたかくて、ぽかぽかして、おなかいっぱいになったら、眠くなって、たるんでしまった。
 そろそろ、きゅきゅっと引き締めないとね。きゅきゅっと。

2002年 5月13日(月) 雲のよう

 曇り空に、どんよりと引き摺られてしまったけど、雲の白さも大したものだな、としみじみ思う。
 光加減によって、全然、表情がちがうもの。あの中に水分も含まれてるんだもの。
 ちっちゃいとき、お父さんが布団にわたしをのっけて運び上げて遊んだあの感じが懐かしい。雲にのってるみたいだった。雲にものぼっちゃうような幸せな時間。
 お母さんに、妹。
 大好きなおばあちゃんの笑顔も思い出す。
 愛するということは、そのひとの存在感が、胸の中に、深く根をはっていることだ。
 いやだな、なんだかセンチメンタリスト。たまにはいいよね。 

2002年 5月12日(日) ノー

 自分の手で、世界をうんと縮めてしまっているような気がする。
 「歩き煙草の煙が気になるわ」
 心地の良い世界の面積を縮めているのは、何を隠そう、わたし自身。
 なんか、殺されるような気がしてしまうの。気のせいなのに。好きな人たちの吸う煙草の匂いは大丈夫。楽しくだってなるのにね。
 そんな簡単に、わたしもやられたりしないはずだ。でも気になる。
 「歩き煙草的現象」がこのごろ、増えてきた。
 そろそろ折り合いつけなくっちゃ、窮屈なだけだわ。

2002年 5月10日(金) ゴメン

 からだの反乱だった。
 からだに、ちょっと、やさしくなさすぎた。
 ごめんなさい、反省してます。
 これからはちゃんとするね。
 こころばかり先走らせない。
 ちゃんと振り返るから。 

2002年 5月7日(火) 心身一体

 雨は降っているけど、気合は充分。おなかは空いちゃうし、寝てないと眠くなってふらふらする。
 からだは、すっかり、生きてる。
 大事にされてないのを感知すると、バッテリーが切れる。でも、がんばろうね。あなたがいないと、いくら一生懸命になったって、こころは、みんなのところに届かないんだ。 

2002年 5月4日(土) 思春期2

 自分は天才じゃないと断言できるほどに、わたしはもう、思春期じゃない。でもやっぱまだ、自分には才能がないなどとは思っていない。とはいえ、本当にあるのかよ、と常時疑っているような状態。つまり、一昨日と同じ。わたしは今日も、全否定と全肯定のあいだを行ったりきたりしてる。参ったな。
 残された道は、ひとつ。
 信じること。信じて、努力すること。
 それしかない。そうでもしなきゃ、崇高な才能サンは、やってきてはくれない。仕方がない、望んでしまったのだ。

2002年 5月2日(木) 思春期

 全部、肯定してうっとりする。全部、否定してげっそりする。
 その繰り返しだ。
 まるで思春期の気分。
 肯定と否定のあいだを行ったりきたり。
 そういうものなのだろう。
 笑っちゃうくらい泣きたくなり、泣きたいとまた笑ってる。
 ホンモノの思春期と確実にちがうのは、結構、客観性があることだ。

2002年 5月1日(水) メイ

 新宿のタワーレコードには、音楽を愛して止まないひとたちの情熱が満ちていると思う。お店のひとはもちろん、お客さんも。
 わたし自身は音楽にめっぽう疎いけど、タワレコ内を見渡すとわかる。いい顔してるおじさんも、気難しく眉をひそめてる兄チャンも、みんな、結局のところ、音楽好きなんだろう。見ればわかる。
 これだけたくさんの音楽が世界中あちこちに存在していて、それに対して、多くの人々が感情を動かしてるのかと思うと、ただ圧倒される。
 基本の七音・ドレミファソラシ♪があればこそだなと思うと、感動的だ。
 基本のABCとか、基本のあいうえお。大事にしなくっちゃならないね。素晴らしいとこに行きたいのなら。

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