ON日記

2002.6.1〜6.30

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2002年6月30日(日)ありがとう!

 雨はパラついていて、気は抜けた。 夜の町や電車の中は、いつもよりもいくらか人が少なく、静かなような気がした。まるで、何かが終わったあとみたいに。お祭りのあとみたいに。
 胸がじんとする。
 ぱんぱんに膨らんで、弾けてしまった瞬間みたい。じんじんする。
 こうして、今年の六月は終わっていくのね。

2002年 6月26日(水) 

 こずるくなっていく自分がいやでいやでしょうがなくって、これじゃあいけないなあとか思うの。わたしの器なんて、どうせタカが知れてるもの。って自分でみとめてるようなものじゃない、そういうのって。
 ほんとうは、ちっちゃかった頃のように、かたく信じていたい。わたしっていうのは底なしなんだって。
 ちまちまとやってくんなら、店をたたもう、くらいの勢いだ。
 永遠の思春期を生きていってやるくらいの覚悟を決めなくちゃ。今夜にでも。

2002年 6月24日(月) グレー

 急にまた、日々は冷ややかだ。
 困ったことだ。
 そういえば、今年の桜も、はやくに咲きすぎてのちのち苦労していたのを思い出す。
 最近、夜じゅう起きてるようなことがつづく。なんとなく、「友だち」という言葉や「田舎」っていう言葉なんかのニュアンスを考えつづけていくうちに夜は朝になっていく。
 自分がとても満たされてないふりをしてみたり、反対にこれ以上はないっていうほどパンパンに満たされているようなふりもしてみる。
 反応しなくなったプリンタを横に、コンピューターの中に閉じ込めらたままのわたしの「言葉」を繰り返しいじっては組み立てる消してはまた増やしていく。
 ああもう。気分はこんなにもいいというのに。空が灰色過ぎて、こんなことしか書けない。

2002年 6月23日(日) TRAJI

 ところで、美味しいものを食べた瞬間のあの幸せったら、ない。極上の気持ち。
 いつも行く焼肉屋さんは、美味しい上にお値段お手ごろなので、いるだけで、幸せな気持ちになる。
 今日も行った。
 お店のお姉さん達の、元気な笑顔と明るい声に、余計なしがらみがみんなとれてしまいそうな気持ち。
 なんにも踊らされたくない。
 この舌で、美味しいと思いたい。
 この目で、美しいと思いたい。
 この心で、人を好きになりたい。
 この頭で、世界に接したい。
 そういうのって可能だと信じたい。 

2002年 6月21日(金) 

 最近、上手に喋れなくなった。特に、好きな友だちとかといるとき。
 あたまの中に浮かんだイメージを、言語化して口にするっていう作業が、みごとに、下手くそになった。
 とりあえず、原因はよくわかんない。
 でも、たくさん笑ってる。
 笑ってる率の高さは、前と全然変らない。すごくいいことだなあって思う。わたし、みんなの前だと、リラックスしてるんだなあって思う。
 ちょっとした幼児化かもしれない。

2002年 6月20日(木) 

 これは馬鹿げた夢なんかじゃない。現実の匂いがぷんぷんする。自分でもそう思う。
 この点に関し、わたしは、わたしの周囲にいるあらゆる人たちみんなに、いさめられたことがないなあと思った。 なんていうのだろう。
 もう行くしかないのだ。

2002年 6月19日(水) W杯

 あんまりにも呆然としてしまい、昨日という一日は、昨日というたった一日は、まるで普通の一日の二倍も三倍も濃くて長い一日だったような気がする。
 今日もみんな、その話で持ちきりだった。
 本気で思うのは、この数週間、ほんとうに良い時間だったなあということ。
 だって日本中の人が、同じ瞬間に同じように悲鳴をあげたり、同じような表情になったり、同じように嬉しかったり、同じように元気になったなんていう現象は、滅多にないんだもの。
 同じように。同じそのものじゃなくて、同じように、っていうところがいい。
 ああ。それにしても、いっぺんにいろんな感情があった。昂ぶった。
 すごいなあ。

2002年 6月17日(月)普通の日

  いつものことだけど、月曜日の午後は授業がないしこれといった用事もない。普段は図書館に行って雑誌を読んだりそこそこ勉強したり勉強する素振りをしてみるのだけど、今日の曇り空や明るさ加減っていうのはなんか貴重な気がして、クミちゃんと散歩することにした。
 雨は絶対に降らないのにやけに湿っぽい、そういう日。
 でっかくてコワイ神社の横を通り抜け、下り坂を真っ直ぐ行き、古本屋の建ち並ぶ町を歩いた。
 そしてファーストフード店でレギュラーサイズのコーラを飲んで、クミちゃんと三十分くらい喋って、それから駅で別れ、普段は乗らない地下鉄に乗って、普段降りる駅のひとつ前の駅まで辿り着いて、JRに乗り換えるのも面倒くさかったからそのまま歩いて帰ってきた。
 なんにもないような、なにかあったような、でも数年後、振り返るとしたら、うっすらとこういう日の輪郭が浮かびあがってきそうだと思う。

2002年 6月16日(日) むかし話

  久しぶりに、一時期、しつこいほど毎日毎日聴いていたCDを聴いた。ヘッドフォンで。わたしの耳と音との距離をつめて。床に座って。足はのばして。
 なんかよくわかんないけど、曇り空の日曜の午後に、こういう気分って、もしかして頽廃と呼ぶのかなあとか思って。ぐるぐるまわる、昔感じていた気分。今のわたしの中で昔のわたしの感覚はとろりとうごめき、心地はむしろいい。
 頽廃じゃない、ノスタルジーなのかなって。
 昔はよかった、なんて死んでも口には出したくないけど、単純に、こんな気持ちになれるほど、わたしちゃんと、過去を重ねてきたんだなと思うと、嬉しくもある。
 22歳。
 留まってはいけない。

2002年 6月13日(木) 

 もはや、優しいだけじゃ駄目なんだなと思った。優しいものだけがほしい時期は通り抜けた。
 骨抜きになりそうな、あと一センチ多かったら毒にだってなっちゃいそうな、そういうもののほうが気持ち良いなと思う。
 おとなになっていくのって、しんどいだけじゃないや。求道者みたいな気持ちで、自分にむかって歩いてるみたい。 

2002年 6月12日(水) 

 愛情をもって人生に接したいな、と思う。なおざりにしちゃうと、人生は、平気で間延びしちゃうんだもの。
 最近嬉しいのは、三年前とか四年前以上に、心に思い浮かべて、本気でいとおしく思える友だちがちゃんといるんだということ。
 昔はね、もっと勝手だった。ただひたすら、自分を肯定してくれるような、手放しで賞賛してくれるような、そういう存在を求めすぎてた。
 そういう気持ちが悪いんじゃない。でもそういう気持ちに傾きすぎると、絶対に、誰も本気で最後まで付き合ってくれない。
 今、自分の周りにいる、すごく好きだなあと思う人たちのことを順番に考えていくと、みんな、やっぱり、それぞれ、すごくゆれてる。へこむし、弱る。完璧じゃない。なのに、どっかが確実に、光ってる。きらりと光ってる。その光にわたしは惹かれ、そして自分もやるっきゃないな、と思ってる。
 丁寧に人生に向き合うこと。
 そしてそこで出会った大事な人たちとの大事な時間を、欲張らず可能な限り、誠実に過ごしていければなー。なんて思う。まだまだ勝手な部分とか、あるはずだろうけど、ひとまず今は、これでいきたい。

2002年 6月11日(火) 笑い顔

 ご無沙汰していた友だち(♀)とふたりでじっくり過ごした一日だ。
 エスニック雑貨屋さんや、靴屋さんや、洋服屋さん、それから喫茶店二軒とスパゲッティ屋さんを行き歩いた。
 彼女の笑った顔は、昔から変らない。あかるくてあたたかくて一緒にいる人と一緒にいることを素直に楽しむ笑顔。
 彼女を見ていると、無垢な人の白い笑顔なんかより、清濁を併せ呑んだ人の白い笑顔のほうが、よっぽど強く、よっぽど美しいと思ってしまう。
 すごく好きな友だちのひとりだ。 
 対してわたしは、間の抜けた笑顔で、彼女と一緒にいることを充分楽しんだ。

2002年 6月10日(月) 祝勝利

 昨日の夜は、熱っぽかった。
 今までこんなふうに意識したことなんてなかった。
 かっこいいひとや、すごいひとは、ただかっこよくてただすごい、としか思ったことがなかった。
 でも昨夜は、確かに思った。
 このかっこよさは、このすごさは、この大地の上で生まれ、この大地の上で育って、そこにある。
 ここ。この地面。繋がっている。
 そしたら、空にはひとつも切れ目がないことを思い、強烈な喜びと哀しみが同時に存在することの感覚、わかったような気がした。

2002年 6月8日(土) チャイナ

 最近、中国語(北京語)の音の響きに改めて心惹かれている。
 ここのところ、チャン・イーモウの映画にのめりこんでいたせいもあるかな(コン・リー、素敵)。
 日本語は、それこそ毎日、洪水のように耳にしているし、生活の音として内部からも湧き上がってくるから、どうも客観的になりにくい。
 だけど中国語はやっぱり、完全に自分のものにはできないだろう、というところがあるから、憧れたりうっとりする余地がたくさんある。
 上海で、ふたりの女の人が囁くように中国語を話していたのを聞いたとき、なんともいえない色っぽさを感じたことを思い出す。
 ともあれ、サンディー・ラムの音楽に夢中になっている。甘い調子のメロディーにのってサンディーの澄んだ声が歌う中国語は、魔法みたいにわたしを酔わせる。

2002年 6月7日(金) 

 イングランドVSアルゼンチンの試合を、真剣に見入ってしまった。最後には涙ぐみそうになったほどだ。凄いもの同士の本気のぶつかり合いは、ブラウン管越しにも、熱っぽい迫力を放つなあと思った。
 いまだに、サッカーに対してなんにもわからないし、W杯でもなければ、サッカー観戦する機会もそうそうないわたしのような国民も熱の中に引き込む。本気のオーラって、やっぱり凄い。

 それはそうと、今日は近くのスーパーで、あたらしい本棚を買ってきた。だから今、部屋がちょっと新しい。うれしい。
 この部屋がひとしお、いとしくなる。

2002年 6月6日(木) 

 なんとなく気だるくて、なんとなく明るいような日の光。歩いてるだけで、うっすらと汗ばんでしまう。でも、この感じ、きらいじゃない。空想の熱帯の気分。友だちとふたりで歩くことそれだけでやけに楽しく感じる。
 ゼミのミナト先生とたくさんおしゃべりできたのもあるからかな、今夜は、心が弾む。ホトケの顔して毒を吐く先生が、とっても好き。

2002年 6月5日(水) 

 昼下がり、学校の目の前にあるお堀沿いの公園にいた。ベンチに座っていた。なんとなく、他に行くとこもなかった。
 最近、なかなか会えない昔馴染みの友だちに手紙を書いた。夢中で書いた。ルーズリーフの上に、わたしの子どもっぽい字が、揺れて躍った。
 しばらくしたら、からだの奥の強張っていた部分が、やわらかく紐解かれるような気がした。
 いやだ、わたしったら癒されてる、と照れた。
 心地よかった。
 やっぱ、木陰はいいもんだ。おてんとさんと葉っぱの緑が、目に映るだけで、いいもんだ。
 そのあと、友だちにいっぱい会えた。たくさん笑った。一緒に笑った。
 今日この日の底には、明るい日差しが照っている。そんな気がする、良い日だった。

2002年 6月4日(火) 一流◇

 サッカーについて全然何も知らないわたしだけど、昨日、テレビでイタリアのヴィエリ選手がゴールを決めたのを観た瞬間、からだじゅうがぞっとした。いつか誰かが「サッカーは芸術だ」と言っていたけど、それを否応無しに実感させられたような気がした。
 わたしは体育が苦手だったので、スポーツ全般、するのはもちろん観るのもあんまり好きじゃない。正直いって、サッカーなんてほとんど興味がなかった。W杯の日本代表選手の名前を、三人も言えないようなくらいだった。ベッカムも、バティストゥータも、知らなかった。
 こんなわたしも、いざW杯が始まると、知らず知らずのうちに熱狂の渦に巻き込まれている。ミーハーといえばそれだけだけど。
 テレビを通して鮮やかな瞬間が目に映るたび、すごい、と単純に思う。ワールドカップ、世界選手権。世界一を争うことって、それだけでもう、すごいんだなあと思う。

2002年 6月2日(日) 

 改めて、人生は、食べ物のように思えてきた。
 喰うこと寝ること愛し合うことを大事にするあの感覚を、忘れちゃいけないなと思った。
 どっかで誰かが泣いてても、何かが胸を傷めていても、わたしには、何ができるの? できてせいぜい、精一杯の同情。差し伸べることもできない手が、ここにある。
 でも、わたしには、無力を嘆いてその手を折ることができない。わたしは、この手を伸ばして、わたしをおなかいっぱいにするための、実をとならくちゃいけない。大事な人を、大事にする、「思う」だけでなく「する」ためには、まず、自分自身を大事にしないと、余裕もないよ。

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