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2002年7月29日(日) インナー
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ご無沙汰しておりました。
生身のわたしは、痛みともおサラバし、すっかり元気になりました。
だけど。
ノートPCはもう虫の息。
インターネットはもちろん、メールのやりとりもまったくもって不可能。
おかげさまで夜の瞑想時間が延びました。またベッドに横たえながらノートに何かしらの文章をしたためることの楽しみも再発見。腹筋だってしています。
学校もとっくにおやすみになったし、現在のわたしにとって最大の遊び場といえば、わたしの内面世界。
瞼の裏には、生れ付きのサイケデリック。kimi次第で幸福感は養える。どこまでも、どこどこまでも。
と、どこまでが本気でどこからが冗談なのか自分でもよくわからない始末。
からださえ元気であれば、なんだかもう、なにもいらないかも。自分のからだと、あいする家族やすきな友人達のからだやこころさえ元気であれば。そして自分がそのひとたちと心行くまで気持良く過ごせる場所がたっぷりと与えられていれば。
しあわせは完結しかかってしまう。
退屈で、やさしい毎日。
ON日記、しばらくお休みです。
8月中旬にリニューアルオープン予定。よろしく〜。
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2002年7月21日(日)
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今日も、いちにちじゅう、おうちの中にいた。わたしの生活は、依然、痛みに支配されている。家族の好意に甘えながら。
でも昨日よりはマシ。
明日になれば、もっと、良くなるだろう。この痛みは、永遠につづくわけじゃない。期限がある。そう思うだけでも、120パーセント、救われる。
外は、あかるいあかるい夏だ。
それよりも、ノートパソコンがいよいよ、あやしくなってきた。結構長い付き合いだったけど、そろそろおサラバかもしんない。メールアドレスとかかえたくないんだけど、一体、どうすればいいのかまるで見当もつかない。そのあたりが、今はいちばん、恐い。正直いって、パスワードも忘れちゃったし、メモした紙も、どっかになくしちゃった。
まあいいや。なんとかなるだろう。
明日はきょうよりも素晴らしい日であるように。
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2002年7月20日(土) ペイン
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痛みに、のたうちまわっている。
火曜日に抜いた、親知らずの生え跡が疼いてしょうがないのだ。
それでも今はマシ。一昨日の夜は、一睡もできなかった。ひとばんじゅう痛みのせいで、文字通り、ベッドの上でのたうちまわっていた。鎮痛剤はとっくにあんまり効かなくなっていて、仕方がないから、自力で耐えるしかない。
悲痛。
痛いから、いちにちじゅう、家の中。
とにかくこの三日間は、痛さと退屈で気がくるいそうだった。
いっそ、もらった鎮痛剤、まとめて六錠、がぶ飲みしてやろうかと思ったりもした。気分は、60年代後半あるいは70年代の、睡眠薬乱用者。
しかし、こんなふうに具体的(肉体的)な痛みにのたうちまわっていると「ムネが痛い」などという抽象的な痛みとたわむれ遊ぶことが、憎らしくも恋しくもなる。
甘ったれた人生送ってるわたしには、たまには、このくらい痛いことがあるのでちょうどいいのかもしれないとも思ったりして。
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2002年7月17日(水) たのしい
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きょうは、いい一日だった。
学校で、たくさんの人と会えた。
すれちがうだけでも嬉しいと思えるような、そういう人たちと。
世の中では、わたし以外は誰一人としてわたしじゃない。他人だらけ。いってみれば、他人に満ちている。
自分以外の人間を、全部、ひっくるめてひとつのものとして捉えるとしたら。それを仮に「他人」と呼ぶんだとすれば。
恐ろしいことだ。他人っていうのは、なんて恐ろしくかつ魅力溢れる集合体なのだろう。
奇麗事は、今更いわない。
マジメに生きてれば、どうしたって気に喰わないやつのひとりやふたりはいてしまうものだ。ふつうの神経をした人間ならば。
それが恐くて、他人から身を遠ざけることばかり考えたくなることもある。人をきらうのも、人にきらわれるのも、それこそ、体力がいる。精神も消耗する。怒ってると、ごはんがまずくなる。そうなるくらいなら、どっかに閉じこもってたほうがマシだわ、なんてね。
でも、わたしには好きな人間もいっぱいいる。つよく感じている。
しっぽ巻いて引っ込んでばかりいると、好きな人たちに会えないばかりか、これから好きになるだろう人たちとの出会いもみすみす逃すことになるんだよ。
そして、この、恐ろしくかつ魅力ある世界の中で、わたしも誰かの他人だ。
毒か、薬か。
相手によっては、どちらにでもなれる。
生きていくのが、楽しみだ。
楽しみでしょうがない。
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2002年7月15日(月) 失敗
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彼から電話。
「きょう、わたし髪を切ったよ」
と報告した。
「ふうん、どのくらい?」
たずねてきたので、よしここはちょっとかっこつけようと思った。
「うーん、ギルバート・グレイプのジュリエット・ビノシュくらい?」
「それはジュリエット・ルイスだよ」
即座に彼は訂正した。かっこわるいぞ、わたし!
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2002年7月14日(日) 夏夏
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ここんとこ、鬱屈してたなあと思う。アンニュイというかなんというかペシミスティック。
やめだ、やめ。
夏なんだし、いっちょ、明るく開放的に、人生を肯定していく姿勢で行こうと思う。
移ろいゆく夏空を見よ。
青が艶やか。
うれしくなる。
笑おう。笑え?
もともと得意だったはずだ。
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2002年7月12日(金) 尺度
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上海に四ヶ月ばかり留学していたのは遥か大昔。
今じゃ、あの熱気に満ちた街で中国語を喋っていた自分が夢幻のように思えるほど。まあ、その中国語もたどたどしいものではあったのだけど。
それが、今夜、久々に、中国語をたくさん喋った。
上海にいた頃、いろいろとお世話になったおじさんの奥さんと娘さんが、東京に遊びに来たのだ。
一緒に食事をしたのだ。
原宿にある、辿り着くまでに相当悩んでしまうような入り組んだ場所にある焼き鳥屋さんで。
父に母。それから、イトコのお兄ちゃんと一緒に。お兄ちゃんは、わたしよりも八歳年上で、二年前まで日本にいた。今はアメリカで勉強中。台湾人。
ことし18歳だというその女の子は、黒目がちの大きな目が印象的で可愛らしい子。台湾人。でも14歳からアメリカに住んでいる。
つまり、お兄ちゃんは去年の秋からこの母娘の家にホームスティをしている。
そしてこの夏、ふたりを連れて東京にやってきた。
食事は楽しいものだった。
18歳の女の子はよく笑っていた。声を出してではない。顔で笑っていた。口角があがって、大きな目は楽しげに動く。
屈託なんて、まったくない。
純度の高い笑顔だ。
笑うことに才能がいるのだとしたら、彼女には間違いなく才能がある。そしてわたしは、そういう人が、かなり好きなのだ。いままでの人生を振り返ってみても。
(不純な笑顔ほど、憎みたくなるようなものはないが)
そういえば、彼女のお父さんも、愛情に満ちた親切な人だった。わたしのために冷蔵庫と電子レンジまで貸してくれたほどだから。
お店から出た後、竹下通りにむかって歩いた。そのとき、女の子は中国語で言った。
「あなたの中国語は上手ね」
さてどうしようか。
嬉しがりかけたけど、
嬉しがってなんかいられない。
「だってわたし、台湾人だし」
そういったら、うしろを歩いていたイトコのお兄ちゃんが大声で笑った。
何を基準にものを見るのか。
それによって価値評価はあたりまえのように変化する。
それを改めて意識した夜だ。
ほら、いちおう、国際文化学専攻ですし。
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2002年7月11日(木) はてな
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せつないなあ、とか思う。
誰に対しても可能な限り、誠実な態度で接したい。一ミリの嘘をも挟み込まず。ありのままの正直な感情で。誠実に誠実に。
常日頃、そう思っている。
ずいぶん、長い間、そう思ってきた。これが、人生における、最も美しく正しい態度なのだと。
だから今日は、ゼミをサボった。
たぶん、「正しい態度」でゼミに臨み、先週とおんなじような気持ちになんかなっちゃったら。
それこそ、わたしは、自分がどうなるかわかんなかったのだ。
きっと、わたしの「正しい態度」は多くの人を不快にする。重苦しくする。
そこでわたしの「強調性」は、わたしに命令した。
キョウは、ゼミにイクナ。
というわけでわたしは、他人を「俗物扱い」したまま雲隠れ。
さすがに、こんなんじゃきらわれるんだろうな。
しかし、それはそれでしょうがない。きらうのよりはマシだ。別に強がりなんかじゃなくって。
しかし、今日わたしがゼミをサボったせいで、何人かの人たちを、とても不安にさせてしまった。あなたたちがいけないんじゃないのに、と歯軋り。わたしが本気で「俗物」だと罵りたい人は、きっと、ウンともスンとも思ってないんだろう。いつだってそうなのだ。神経の太いやつだけが、なんの心配もなくスムーズに人間関係をうまくやり過ごしていく(と本人だけが思い込んでいる)。
なんたること!
そしてわたしはまだ悩んでる。わたしが「誠実」だと信じ込んできたものの中身は、ひょっとしたら、他の人たちの思う「誠実さ」じゃないのかもしれない……
わたしが思い描く「誠実さ」は非常に子どもっぽいものなのかもしれない。
十字架に貼り付けにされてしまったあの人のようには行かないもんだなあ。当たり前か。
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2002年7月11日(木) 夏晴れ
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わたしはマジメすぎるんじゃないかと、自分で思ってしまうことがごく稀にある。
さっきから、あることをやり過ごすための適当な言い訳を捏造しようとしてるのだけど、どうもうまくいかない。嘘がつけない性格、とかいったらカワイイかもしれない。でもそうじゃない。単にバカなだけだ。
すべての人間を好きになろうとして、努力して、だけど結局ダメだった。疲れちゃった。
そういったら、友だちは笑ってこういった。
そんな初歩的なミスを。
その子のことは、わたし、好きだ。
というわけで、だからこそ。
人生は面白おかしく、生きていく甲斐があるってもんだ。
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2002年7月10日(水)人生は好き
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雨が降ってる。
たくさんたくさん降っている。
風も強い。
台風だ。
近頃のわたしときたら、まるで活字中毒者。誰もいなくなると、ひたすら、文字を追いたくなる。本の内容があたまに入ってるかどうかなんてそっちのけ。ぼんやりときを過ごす、ということがまるでできなくなっている。
ああ、頭がよくなりたい。
眠らないで、感受性。
へこたれないで、自己顕示欲。
もっと横暴に、もっと獰猛に、暴れまわってよ、才能。
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2002年7月9日(火) サヨナラ
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親知らずを一本抜いた。
痛みは、想像していたとおり。それ以上でもそれ以下でもなくって、気も抜けちゃった。ただ外はとても暑いから、今日はずっとお家の中にいる。暑い中歩いてると、血のめぐりがへんによくなりそうで、痛みが増しそうだから。もちろん、科学的には立証されてない。勝手にそう思ってるだけ。
ともあれ、サヨナラ、親知らず。
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2002年7月7日(日) 太陽が
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非常な暑さだ。
とは言い過ぎだ。
夏はこのくらい暑いものだ。
でもいつのまにか夏になっちゃったのねえ。こないだまで、肌寒い日が続いていたような気もするのに。
やることがないから、彼とふたりで町から町へと歩きつづけた。他の遊び方をよく知らないわたしたちは、ほとんど歩くことしか能がないみたい。ところがそのおかげで、ある坂道の途中でわたしの友だちにばったり会った。もともとあんまり人気のない道だったから、かなり驚いた。
東京で、偶然誰かと会えるなんて。
脈絡もなく突然、会ってしまうなんて。しかもその誰かが、日ごろ好きだなあと思うような人つまり会って嬉しいと思えるような人だったなんて。
滅多にない、と思ったけど、実は人生においてこれで三回目だ。
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2002年7月5日(金) やっかい
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夕方、眼科に行った。
思ったとおり、アレルギー性結膜炎にかかってた。毎年のことだ。この季節、空気がねっとりとして暑くなってくると、いつもかかる。小さいときにはそれでプールに入れないことも多かった。ラッキーと思ったときも、アンラッキーと思ったときも、両方あったように記憶している。
処方箋をもらいながら、わたしってなんて厄介な女なんだろうと思った。目に限らず、いろんなことに対してアレルギーを持っている。
ああ、曇り空。
最近、何が不健康かって、気分そのものが不健康だ。
もっといい子になりたいのにな。
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2002年7月4日(木) くちなおし。
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湿度が高い。近頃、天気はひとびとを不快にさせる。わたしはわたしで、決して、調子が良いとは言えないような状態で、その影響かどうか、二年半使ってるノートパソコンの調子もとても悪い。これはそろそろ寿命かな。プリンタも暴動を起こしてストライキ中だし。これからレポート提出の季節がやってくるというのになんということ。
ともあれ、もしかしたら、しばらくのあいだ、この日記を更新することすらままならないかもしれない。
せつないなー。
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2002年7月4日(木) 破壊、2秒ルール。切磋琢磨は幻だった!
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きょうはとってもくたびれた。くたくただ。
あとちょっとで、あそこに耐えられなくなる。ゼミの空間に耐えられなくなる。すごーく下らないゼミなのだ。
みんな、俗物。
それもかなりの歪んだ。
いいえ、そうじゃない。
すごくいい人もいる。
重く強く痛く美しい人もいる。
その人たちのことはかなり好き。
刺激になる。
そういう人といると、嬉しくなる。
でも大半は、ただの俗物。
俗物っていうのがいけないんじゃない。俗物のくせに、自分は特殊だと思いたがるやつがいる。いっぱしの芸術家、しかもかなり面白い人間だと自分で自分を宣伝しようとするやつがいる。(たとえ意識的じゃなくとも)。
冗談じゃない。おまえなんか、ただの自慢したがりじゃないか。
世界は自分のために回ってると思いたがるその目付き、こっちに向けるな。
まあ空っぽのくせに、何かありそうに見せようとしてくる努力は認めるけどね。
なんてね。
最近、からだやらこころやらの具合が微妙だ。すこしのことにも我慢できない。
ほんとうはわたし、俗なるものはキライじゃない。あたたかくざわざわとしててにぎやかだから。
でもその上に、うそ臭いベール被せているやつに出会うと、たちまち、ダメになる。
特に、ナントカ気取りには辟易してしまう。
芸術家気取り、不幸気取り、レンアイ経験豊富気取り、友だち多いぞ俺気取り、ハッパもクスリも普通にやってたぜあるいはやってるぜ気取り。
みんな、いかれてる。
かっこよさそうなものに飛びついてかっこつけたがるその心理、わからなくもないけど、いいかげんハタチ越えたら醜悪だ。いやな涙が出そう。
改めて自覚したけど、人をきらうのってものすごいパワーを遣う。くたくただ。人にきらわれるより、辛いかもしれない。基本的には、みんないいひとだと思いたがりなんだなあ自分って思う。
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2002年7月3日(水) Fun!
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みんなといると、いい。
時間を忘れる。
四年生になったというのに、なんだか去年よりも学校にいる時間が多いみたい。
誰かに会うと、レインボーテラス(通称・虹)という場所に居座り、4〜5時間、喋り倒してしまう。
多い日には、7人とか8人とかで、ずっと喋っている。
帰る頃には、みんなでくたくたになっているほど。
それでも、一日ずつとかの間隔を置いて、わたしたちは同じことを繰り返す。
みんなといるといい。
ほんとうに時間を忘れてしまう。
哀しいくらいだ。
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2002年7月2日(火) ピースフル
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にわかサッカーファンは今後どうなるんだろう、とか、ああいうひとたちはすぐに熱がさめてJリーグにも興味を持たないにちがいない、なんてことを言ってる人ってこの2日間だけでもいっぱいいるなあ。
言ってるのはみんな、おっきな新聞にコラムを寄せてるようなよくわからないエライ人たちなんだけどね。
これがお祭り騒ぎで終わってほしくない、なんていうけど、わたしはこれ、お祭りだったと思う。
すごく楽しかった。いろんな感情が、一ヶ月の間に、次から次へと湧きあがっては、ないまぜになった。
世界中のいろんな国の、いろんな人の顔とか名前とか活躍っぷりとか。
「ふつうの日々」じゃとても触れることのあまりないものにもいっぱい触れることができた。
いろんな選手たちの背後にあるドラマも、なんとなくだけど、テレビや週刊誌を通して、想像した。自分とは全然ちがう世界に生きてるような人たちの、生々しい人生を少なからず想像してしまった。そして、より一層、夢中になった。
はっきりいって、ちょっとしたトランス状態。
この熱は、サッカーという種目のみにだけに向けられたわけじゃないと思う。W杯というおっきなお祭りに寄せられた熱だ。
お祭り騒ぎというと、なんだか真剣味がなくてけしからんと思う人もいるかもしれないけど、わたしはそうは思わない。
みんなの興味がJリーグにシフトチェンジするか否か、なんて、実はどうでもいい話のような気がする。
今、人々はそんなにバカじゃないと思う。ほんとうに熱狂できるものになら、ためらうことなく、言われなくともふつうに関心を寄せるんじゃないかと思う。たとえ、それがJリーグじゃなくても。
なんて、バカかなあ。
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2002年7月1日(月) 情熱の薔薇
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今、フジテレビでやっていたW杯特集を観ていたら、思わず涙ぐんでしまった。
わたしのような一ヶ月ほど前にはサッカーにとんと興味のなかった国民までもを大勢、その熱狂の渦の中に巻き込んでしまったW杯は、ほんとうに、単純に、すごいと思った。
テレビ画面のむこうでは、
おばちゃんが、子どもが、サラリーマンが、女子高生が。
笑ってる。興奮冷めやらぬ様子で、楽しかった感動した興奮したありがとう、とか喋ってる。
それを観ていたら、じんとした。
安っぽい作り物の感動を売られるのはみんなキライになってきた時代。
このW杯だって、実際、いろいろと綺麗なことだらけではなくて世知辛い世の中の断面を見せ付けられた部分もすごくあった。
終わりよければすべてよしだなんてうやむやにして汚いものに蓋をしちゃうのもよくない態度かもしれない。
でも。
笑ってる。涙ぐんでる。感激して感動して、ありがとうと思ってる。
これも真実だ。
ちっとも安っぽくない。
昨夜、友だちはいった。
「これから何を頼りに生きていこう」
昨夜のわたしは、それが大げさな言い方には思えなかった。
照れくさいほど、わたしも今しばらく、感動の余韻から抜け出れなそう。
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