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10月31日(金)
東京入国管理局、に行ってきた。
父は、
永住権を申請することを選ばなかった。
だからわたしたち家族は、
3年ごとに在留資格を更新する。
わたしたちには、資格がいるのだ。
日本にいたいなら。
どこの国でだっておなじ。
わたしたちは、認められなければならない。
国名は、この際なんでもいい。
わたしたちは…、
束ねられている。
おおきな枠組みのなかに。
わたしたちは、
“ここ”にいるために、
“ここ”を包む込もうとしている、いや、包み込んでいる「おおきな枠組み」の“最上層部”に、
許しを請う必要がある。
「東京入国管理局」
こんな深夜に、どうしよう、涙が。
涙が出てくる。
わたしはじぶんを、
もっと自由だと思い込んでた?
こどもだったのね。
3年前も、6年前も、
出なかった涙が、今とまらない。
やっと事態の深刻さに、
気づいてしまったのかな。
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10月30日(木)
きょうの空は、
底抜けだった。
あれだけ抜けていると、
飛べるような気がしてしまう。
軽はずみな夢をみたくなる。
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10月29日(水) 2
今週の土曜日に、
わたしの在籍している学部の、
研究発表会がある。
研究発表会、なんて、
たいそうな名称だけど、
要は、
学生ひとりひとりが、
今のとこどんな研究をしているのか、
そして最終的にはどんな論文を書こうとしているのか、
お互い発表しあうという会なんです。
もちろん、教授にも囲まれながら!
今夜は、
そのためのレジュメを、
やっと仕上げて、
ちょっとだけホウッとしてる。
この頃のわたしときたら、
覚えたことや味わったことを、
胸のなかに転がして遊んでばっかり。
だからね。
いざ、溜まってるものを素材にして、かたちあるものを作ろうとするとき、
困ってばっかり。
溜まってたと思ってたいろいろは、
思ったよりもさらさらで、
思ったいじょうに、
こぼれやすいからね。
あったと思ったのに、なかったなんてことばっかりだよ。
遊んでばっかじゃ、いけないわ。
かたちあるものを作ろうと、
努めなくちゃ、なんにも浸透しない。
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10月29日(水)
この頃、月を見ない。
昨夜思ったばかり。
よく晴れたきょうの昼下がり、
白い月の、
細いすがたが、
ひっそりと、
低空にあるのが見えた。
忘れたころにまた膨らんでゆくのが、月なのだ、と。
思いかけてみて、ちがうと思った。
月は、常に規則正しく満ち欠けする。
わたしが、
忘れたり忘れなかったりしてるだけだ。
何万年も昔から、
たくさんのひとが思ってきたことにちがいない。
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10月28日(火)
きょうは新宿にいた。
雨の新宿。
とある建物の中で、
約2時間、
スクリーンいっぱいに広がる
血、血、血飛沫、
を観ていた。
わたしも、日本刀をあんな風にたしなめられたらなあ。
無敵なのになあ。
なんて夢想せずにはいられない、新宿の夜。
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10月27日(月)
ともだちのことを思うとき、
笑っちゃう。
みんなで一緒にいるとき、
ふんわりと姿を現す思い出は、
どれもがいちいち、
触るだけでくすぐったい。
15歳のときに知り合って、
いまはひとり残らず23歳。
高校を出てバラけたあと、
会ったり会えずにいたり、
会わなかったり会えたり、
みんながみんな、
ずっと一緒に居続けたわけじゃないわ。
それでも、
誰かと誰かが、どこかとどこかで、
しなやかに結びついていたことには、間違いない。
だからわたしたち、
自分に結びついているだれかをたどっていけば、
いつだって、
“くすぐったい”思い出を共有するすべての友だちと、
再会できるんだ。
きょうみたいに。
そう。
今夜は、
日付変更線を越えても、
笑いっぱなしだった。
終電逃しそうなくらい、
笑いっぱなしだった。
電車から降りてひとりになって、
しんとした駅の構内をいって、
ともだちのことを思うように、
自分自身までもがいとおしくなった。
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10月26日(日)
夜どおし、眠らなかった。
わたしたちは、冷えた朝のなかを通りぬけて、おうちに帰ろうとしている。
寝てないものだからか、
足取りがおぼつかない。
そんなよるべなさ、が、
わたしに、隣で歩く彼の腕を強くつかませる。
あなたのほかに、頼るものなんて、わたしには何ひとつないんだよ、と。
胸のなかで、ふざけ半分、そんなこと思ってみた。
なにも知らない彼の横顔はぼんやり眠たげで、
ああ、朝って、こそばゆいほど透きとおっていて、
きれいだな、と思った。
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10月24日(金)
風は、つめたい。
お日さまは、依然、あたたかい。
きょうは図書館ではなく、
ホールのテーブルで本を読んだ。
ざわめきがあたりまえのように背後にそびえてた。
ときどき顔をあげると、
むこうに広がる秋の空が見えた。
そのとき、
わたしの目の中でも、
雲が、ちぎれつほぐれつ、流れてゆくのがわかって、
安堵のため息くらい、漏らしてしまいそう。
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10月23日(木)
おなじ歌の、おなじ一瞬に、
毎回おなじようにクラッとくることってある。
わたしは、
「チャイナ・ガール」という歌で、
デヴィッド・ボウイが、
まーろんぶらんど、
と発音するとき、
それが起こる。
イギーポップのも大好きだけど、デヴィッドボウイのバージョンのほうがあの歌って、計算ずくというか酔わせるための仕掛けづくりに余念がなさそうな気がする。
というか、
わたしは、まんまと、酔わされている。
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10月22日(水)
ほろほろ酔ってる。
惚れるな、というほうが、無理だよね。どうしてこんなに、胸が疼くの。
なんてことない。
わたしはすっかり、“生きること”の虜になってしまった。
“生きること”のその中身は、
ずばり、
“書き上げること”。
わたしは、
今この瞬間も、
わたしのなかを飛び上がろうとしてるものを、
生きたままつかまえたい。
と、はっきりと思っている。
なんどもなんども殺しかけてしまったしね。
でも息の根はぜったいに止められっこない。
わたしは生きるんだもの。
まちがいない。
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10月21日(火)
とんと寒くなると思っていたら、
意外とあったかい。
お天気もよいからついつい歩きすぎてしまう。
やっと学校にたどり着いたあとは、
缶コーヒー一杯分のしあわせに浸り、友だちと語らう数十分間が心地いい。
それからは、図書館に吸い込まれ、そのまま居座る。
ノートをひらき手を動かしていると、
わたしの筆圧しだいで、濃くも薄くもなる字、字、字。
波打っている。
このごろのわたしときたら、ずいぶん、楽しそうに文字を刻む。
知りたいことだらけなの。
この世は、やはり、非常に、
魅惑的だわ。
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10月20日(月)
ふかふかよく眠った。
週末があけて、きょう。
きょうのわたしは、
ほくほく気分。
めくるのが楽しみでたまらない本が何冊もあるの。
ぜんぶ、きょう一日で仕入れてきたものだ。
今、机に並べている。
来月の初っ端に控えた研究発表のための文献集め。
しなくちゃ…と思ってるうちはなんだかうっとおしかった。
でも、してゆくうちに、あらためて気づかされてしまうの。
わたしって際限ない。
求める気持ち際限ない。
こんなの、勉強っていえないのかもしれない。
ただただ、疼いてしょうがない。
でも結局わたしは、
わたしが欲しいのは、
とどのつまり、
たいそうな物語をいつか書けるんじゃないかという感触。
それだけだ。
それに尽きる。
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10月17日(金)
年齢を重ねるごとに、
充実感は精度を高めてゆくように思えるのだ。
かといって昔がスカスカだったとも全然思わない。
なんだか、
もしかしたら、
わたしのまんなかから、
一本の線がのびているんじゃないかなあ、なんて思ってしまう。
それを、その線を辿っているから、
わたしはわたしを充たすには何をすればいいのか、どうあればいいのか、
わかってないうちからよくわかっているのかもしれない。
でもこの線は、ひょっとしたら突然切れたりするかもしれないね。
だからわたし、あんまり、安心しないように“なって”いるのね。
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10月16日(木)
朝が昼にまみれて溶けてゆく。
光りは木々をたぶらかすように揺れたり撥ねたり繰り返す。
その真っ只中を、
目をしばたたかせながら、
歩くわたしは、
弾む気もちを抑えきれないんだ。
いままさに感じるの。
わたし次第で、
“せかい”はいくらでも美しい。
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10月15日(水)
うっとりしちゃうくらい、
夜が揺れていた。
わたしは本当、
昔自分で思っていたいじょうに、
人が好きみたいだ。
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10月14日(火)
少々むつかしいくらいのことのほうが、
しっかり向き合うのには、
丁度いいかもしれない。
わたしの中のありったけの力と出会うためにも、
きっとそうなんだ。
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10月13日(月)
まどろんでいたら、
突然の大雨。
それはそれは、もう、激しい雨。
窓からは、
うっそうと緑に濡れる木々が見えた。
雨が去ったのはそのすぐあとで、
空は磨きぬかれたように青々と光った。
その上をよぎる雲の千切れ方と流れ方は、
どことなく艶やかだった。
いちど、ぜんぶが徹底的に濡れて洗われるのって、
いいかもしれない。
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10月11日(土)
水が、空から噴射してる。
きのうまんまるだった満月の影も形もみえない。
雨だ。雨の夜。
きょうも一日中、
わたしの半分は、
夢に浸っていた。
いまも。
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10月10日(金) 2
空には、まんまるお月様。
ねむたげな体をまっすぐのばして、
夜をたっぷり吸い込みました。
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10月10日(金) 目の日。
あたらしいメガネを作りました。
いまの眼鏡屋さんっておもしろい。タダで目の検査もしてくれるんだよ。
しかも、
上とか、下とか、
いうだけでは終わらない。
いろんなもの見て、
何が濃いとか、どれが太いとか、
どっちがあかるいとか、
いっぱい応えなくちゃならない。
ゲームみたいで楽しかった、なんておかしいかしら?
自分の効き目は右目だってこと、意識したら何かがごろりと面白い。
そして、あたらしいメガネは、
“賢いオンナ風”を希望します。
なにごとも感覚および感情に訴えかけるがごとく(早い話が頭をあまり遣わないで)生きてきたワタシにとって、
賢さ、スマートさ、などといったキーワードは、そのまんま、憧れてやまないものものなのです。
というわけで、いままで遣ってきたピンクフレームの別称・おもちゃメガネとはイメージががらっと変わる、銀色フレームのオトナメガネをげっと★
形は整った。あとは、中身だ。
勉学にいそしまねば。
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10月9日(木) 2
空を、切り分けることはできない。
土は、線を引くことも旗を立てることもここからここまで誰のものでそこからそこまでが我のもの、と。
言うための印を目に見えるように刻み込むことできるけれど。
空には、できない。
空は、触れないほど、みんなのものなのだ。
わたしの気持ちは、空に惹かれてやまない人々の気持ちと、
とても近いところにある。
だからきょう見たお芝居は、心にいたいくらい沁みて、暗闇の中でこっそり、
泣いてしまった。
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10月9日(木)
木曜日は、
授業が終わると決まって
仲良しのともだちふたりと、
近くの喫茶店や、
ファミレスや、
定食屋さんで、
思う存分おしゃべりをする。
わたしたちにとってそれは、
ちょっとした充電作業になりつつある。
こうして、
いろんなものを、
築いてゆくのね、わたしたち。
大きくなるまでの、大切なじかん。
大きくならなくちゃ…。
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10月8日(水) 2
夜が、ひいやりとそよぐ。
まるいお月さんが雲に隠れたり隠れなかったり。
あさっては満月。
今夜は、夜の新宿で、
久しぶりのともだち2人と、
いっぱいお喋りしちゃった。
久しぶりでうれしかったから、
「すげえ、すげえ」
なんて男の子みたいな
乱暴なことばをたくさん使ってしまった
(いつものことか…)
ゼミ(↓参照)が長引いて、ちょっとしかいられなかったけど、
とってもたのしかった。
明日もよい日でありますように。
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10月8日(水)
越境文学のゼミは、激しい。激しい。
テンションが張るわ上がるわの、どきどきものです。
何度も何度も自分の未熟さを思い知らされ、凹みかけた。
かといって辞められない。
もはや、
たのしい、というだけでは、収まりがつかない。
ただ、確かなのは、わたしが今、向き合ってゆくべきものと、
やっと具体的にぶち当たったなあ、
なんてこと。
未熟もんには、未熟もんなりに、
湧き上がるパワアがあるってもんなのです。
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10月7日(火)
きのうは起きたとたん、
からだの具合がおかしくて、
一日を、
布団にくるまったまま過ごしました。
ぐっと冷え込んだからかな。
気をつけそびれてしまったみたい。
でも一日あけた今日は、すっかり元気(さすがにたっくさん睡眠をとったからね)。
明日のゼミでは発表を担当しているし、
うかうかしてちゃならんのだ。
たった一日、おなじ部屋に閉じこもっていただけなのに、
きょうはドアを一歩出たとたん、
風の冷たさを感じたとたん、
やけにうれしかった。
いっぱい人と会って、いっぱい笑って、いっぱい喋ることが、
何よりも大切なことなのかもしれない。
と、ありきたりな感慨にしみじみと耽りながら、雲に隠れる月をみつめてました。
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10月5日(日)
きょうは、気持ちのよいお天気。
街は、
機動隊やら、警察官やら、
なんとなく灰色で、
なんとなく濃紺で、
ぶっそうに彩られてました。
なんでも、デモがあるからだそう。
叫びたいのか。
叫ばずにはいられない何かがあるのか。
実に混とんとして、あいまいね。
わたしは、桃の隠し味できゅっと甘酸っぱいハーブティーでもてなされながら、
アウンサン・スーチーさんについて書かれた短い文章を読んでいた。
色とりどりの、きれいな雑誌の中の特集だった。
きょうは、気持ちのよいお天気。
ねえ。
いったい“何”とひきかえに、
大声出して叫んでるの?
わめいてるの?
この恥ずかしさは、何?
ハーブティーが沁みいって動けないよ。
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10月4日(土)
一行目が、でてこないの。
気が狂うんじゃないかってほど、消しゴムの粕にまみれてわたしも粕みたいだ。
という夜がゆき、
朝に薄められて、
眠ったら昼だった。
そんな日々が、つづいた。
けどけど。
きょう、やっと、わかったよ。
一行目が形にならないわけがわかった。
その物語は、わたしが数日間、しがみついて離そうとしなかったこの物語は、
そもそも最初から書かれることを必要としていなかったんだ。
すごくよくわかった。
目が覚めた。
風が吹いた。
胸の辺りがあつくなる。
今こそ、書かれることを切実に必要としている物語が、
わたしからつきあがってくる。
踊り出す。
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10月3日(金)
言いたいことを密度を落とさずに言い続けてゆく。
そういう態度で、闘い続けることは、むずかしいんだろう。
死んじゃうか、緩みきって堕ちてゆくか。
どちらかしかないと思ったら大間違いなのにね。
わたしも、はやく、踊り出そう。
軽やかに、滑らかに、
でも密度は落とすものか。
大きくなろう。
大きくなってから、エラそうなことを、さんざん言おう。
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10月2日(木)
乱暴はよして。
あなたの求めるものは、
そんなやり方では現れてくれない。
いい?
力まかせに掻き回しちゃ駄目なのよ。
もっと、やさしくしてあげるのよ。
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10月2日(木) 昨夜
右の眉毛を、あやまって、半分以上そりおとしてしまいました。
だけど一日中だれにも気づかれなかった。
ええ、ええ。どうせ、はじめっからないも同然の薄さですよ。
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10月1日(水)
死なせないでよ、と悲鳴をあげている。
なのにごめんね。
わたしはただ立ち尽くしてる。
もう何回、こんなんだろう。
近頃は涙もでないや。
こわばったまま、引きつってるのに、慣れちゃった。
何で、ほぐせばいいの。
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10月1日(水)
たくさんの血が、流れてるんだろう。
こめかめの奥の奥で、ずきりずきりと、重たげな音が響いている。
きっと、いちどきに、いろいろなことを考えすぎてしまったせいだ。
先週から、ずっととりたいと思っていた先生のクラスに参加することになった。
“越境”をテーマに、日本近現代文学を取り上げてゆくクラスなのだ。
一回目のきょうは、中上健次についてだった。
これまで中上健次をまともに読んだことのなかったわたしは、
先生も笑ってしまうくらい、
中上健次の迫力に“魅了”というよりは、“毒”されてしまった状態で授業に出席した。
長く中上健次を読んできた先輩や、フェミニズムについて勉強しているクラスメイトが話すことのいちいちがみんなすごく勉強になった。
何より、先生の話すことが、とにかく面白かった。
しかし。
わたしはもともと、物事を呑み込むのには時間がかかるほうなので、
こんなふうに、いちどきにたくさんのあたらしい情報がバアーっと入り込んでくるという(ある意味しごく贅沢な)状況では、
てんてこ舞いする。
はやく、はやく、スピードに慣れなくちゃなあ。
今夜は爪を磨いたらすぐ眠ろう。
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