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1月31日(金)
そのひとの手は、
わたしからすれば
とても、
おおきく、確かで、
おかげでわたしは、
わたしが思っている以上に
おおきな気持ちで、
ひとりでは到底
知り得なかった世界を、
掻き分けてゆこう、だなんて、
思い込めるのかもしれない。
好きだよ、ほんとうに。
だれにも見せたくないくらい。
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1月30日(木)
柔らかい、
わたしは柔らかい。
いつだって泣いてるみたいに、
湿ってる。
気がつけば、
24になるし、
春になったら、だけど。
思春期ぶってもられないのだ。
なのにね。
おわらないね、なかなか。
硬くなんないね。
硬くなってたまるか。
いつだって、
吹かれてて、いよう。
風。
だって、
湿ってたいの。
泣いてなくても。
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1月29日(木)
おなじ思いをしてる人になら、
小指ひとつ、
動かしただけで、
心の浮つきが
見破られてしまいそう。
それほど今のわたし、
隙だらけ、
なのかもしれません。
でもだからってね、
塞ぎはしません空いた穴。
熱に恥じないと決めたばかりだし、
熱に倒れて起き上がったばかりだし、
我ながらたいへん危なっかしいのかもしれません。
でもだからってね、
一日じゃ頭はよくならない。
そんで、そんで、
小指噛んで、
耐えるフリをして、
ほんとうは浸ってます。
甘い気分。
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1月28日(水)
空と、お日様の眩さに、
キスをしたくなる。
くすぐったいのを、
堪えてるときみたいに。
はしっこから、笑いが、
すべって落ちてゆく。
それがとても心地よくて。
わたしにとって、
笑うこととあいすることって、
とても似ている。
そう思った。
もう元気だ。
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1月27日(火)
熱、の次は、血だ。
この数日でわたしはすっかり真っ赤になった。
冷えた手足はなかなか温まらないというのに。
やばい、泣けてきた。
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1月26日(月)
ずっと考えていた。
おなじ、ひとつのことを。
すなわち、
この身体は、たったひとつしかないんだっていうこと。
そのことを、
軽視しては、決して、軽視してはなりませんって。
それだけは、
骨身に凍みて理解できた。
ねえ。
この身体、
もう、みだりに、投げ出さない。
どこにも。
決めたわ。
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1月25日(日)
身体の節々が、
そこはかとなく痛んでいる。
熱は、おおかた、去っていった。
水を飲めば、
身体を潤すことはできるけど、
心となると、
なかなかそうも。
体温計を
噛み殺してやりたくなったり
してしまう。
こんなわたしに近寄るな。
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1月24日(土)
熱に侵されたわたしの身体は、
しきりと、
心を道連れにしようとする。
困ったものだ。
落ちてゆく一方だ。
咳が、
とまらない。
熱がまだ、
わたしのなかで笑いながら踊ってる。
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1月23日(金)
咳を、
してる。
参ったな。
熱っぽいのは、
晩御飯のときに
すこし飲んだビール
のせいだと思ってたのに。
こうなったら、
お蜜柑食べて、
お布団のなかに撤退だ。
おやすみなさい。
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1月22日(木)
昨夜まよなかに気づいたの。
わたしは、
わたしの熱を、
どこかで恥じている。
火の粉を、
きれいとおもう前に、
恥じている。
こんなに燃えているのに。
はしたないことだわって、
そういう感情、
教わったとおりに、
なぞってる。
ほんとうは、
いまもこうして
瞼の裏でゆらゆら踊っている
炎のことが、
きれいでたまらないくせに。
教わったとおりに、
恥じるということを行使している。
ばかな子です。
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1月22日(木)
ここんとこの私、
怖気づいてる。
かくれんぼじゃあるまいし。
はやく、この穴倉から飛び出て、
外にむかって、
身体、
晒さなくちゃ。
思ってるのに。
出ていくのが、こわい、こわい。
そもそも、
晒せるような身体が、
わたしにはあるの?
目が暗闇に慣れちゃって、
よくわからないや。
ここんとこの私、
そんなんばっか。
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1月21日(水)
あかるいうちは、
曇っていたのに。
夜になると、
星がけっこう見えた。
きょうは、
眼がおおきく開かない、
始終、薄い膜が張ってるような、
そういう日だった。
もっと、他に、
話したいと思うことがあったはずなのに。
きょうはなんだか、
軽口叩きあうだけで、
それでもいいやって。
それがいいやって。
充たされてしまった。
わたし、どうしちゃったんだろう。
きっと、
ちょっと、
乱れてるだけだ。
整えるには、
きっと、
たっぷり、
眠ればいい。
羽毛のお布団で。
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1月20日(火)
お蜜柑、
ふたつみっつ食べて。
きょうの午後は、
身体を甘みで浸した。
空には飛行機雲。
冬のことが、
好きになれそな、
そういう午後。
あしたも、
あしたが楽しみだったら、
いいな。
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1月19日(月)
動こうと決めたのに、
もううごめいてる。
すべてに
恨みを込めたくなるよな、
なのにふしぎと、
あかるいあかるい気持ち。
わたしは、
なんなんだ。
そうね、きっと、
この世が、
突然には消えちゃわないことを、
無条件に信じ込めてしまう、
阿呆なのだ。
しょせん、わたしなんて。
蹴って、叩いて、引っ掻いて、
ここにいること、
感じようとしてる
だけなんだ。
動いてることにはならないの。
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1月18日(日)
これ以上、
ひとつどころで
留まっていたら、
きっと。
わたしは見放される。
すこしでいいから。
動け。動くのだ。
見放されたら、
預けていた首ねっこ、
折られてしまう。
そんなことになったら、
わたしの頭は、
心臓との連携を失い、
まばたきにだって、
血が通わない。
動け。動かなくちゃ。
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1月16日(金)
先々のことを思う、
からだを揺らすよな、
温かさが充ちる。
外はこんなに寒いのに。
きっと、
今という今が、
わたしには、
いとおしい。
こぼれても、こぼれても、
日々はつづくし、
だからってこの毎日は、
終わりに向かっているだなんて、
思えようもないほど、
今という今に、
すべてを感じるように、
しよう。
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1月15日(木)
髪を、
のばしてみようかな、
と思ったり。
すこしでもきのうより艶が出ますようにと、
櫛でとかしたり。
たぶん、
気が緩んだのだと思う。
そう張り詰めていたわけでもないと、
思いたいところだけど。
やっぱり緩んでからの気安さって、
たまにはいいものね。
ながい間、返事を待ってもらってる、
何人かの友人達への手紙を。
明日あたりから、
書き始めようかしら。
ブランケットにくるまれながら、
そっと思った。
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1月14日(水)
よどおし、はしゃいだあと、
冬の夜の深さを思い知った。
すこしも白んでなどない、空。
さむさに耐えながら、
からだの底に漂う
甘い疲労感に、
笑ってるの。
ねむってないから、
きのうときょうが陸続きで連続している。
バスタブにお湯を溜めながら、
さっきよりは白んできた空を傍目に、こうして、日記をつけてて。
ついさっきまでのことなのに、
日記にしようとすると、
もう優しい。
たのしかった、なんてものじゃなくて、
わたしは温かい…
温かい日々を、
確実に過ごしてるんだわ。
なにかに、
ありがとうといいたいよな、
夜明けなのだ。
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1月13日(火)
授業のあとで、
コーヒー飲もうと思った。
自販機の前で、
あたたかいのと、
つめたいの、
どちらがいいか、
少しまよった。
だから指も、
少しふらついてから、
ボタンを押すの。
出てきたのは、
つめたいほうだ。
建物の中は温かいから、
つめたいコーヒーを啜りながら、
呑気にながめてた。
雪になるかもしれないという夜。
きょうは、
久しぶりにたくさんのひとと会えた。
先生といっぱい話ができた。
会えないか会えるかわかんないけどできれば会いたいなと思ってたひとたちとも会えた。
雪になるかもしれぬほど寒いのに、
内側から温められてしまった。
わたしは、
ひとが好きなのだね。ことごとく。
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1月12日(月)
きょう
町では、
ひらひらと、
たくさんの花が泳いでいた。
おめでとう二十歳。
おとなになったふりも、
おとなじゃないふりも、
もう出来ない。
切迫感が、
胸を掻き乱すんだ。
いまだにわたしは。
このことはきっと、
わたしがまだおとなでない証。
ひらひらと。
足りない経験、
集めてるのだ。
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1月11日(日)
愛したいの、
まいにち何かを。
だからわたしは、
すべてに馴れ過ぎないよう、
気をつけたい。
このせかいで。
愛したいから、
まいにち何かを。
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1月10日(土)
冷えたつま先を、
温めたくて、
足の指を握った。
小指の爪が、
申し訳程度にしかない
わたしの足。
朝がくるころには、
わたしの身体、
温まってた。
うれしかった。
だからわたし、
きのうほど、
ふきげんじゃないよ。
寒空の下、
歩いてく。
大好きなあの娘と、
数ヶ月ぶりのデエト。
思ったとおり、
むきあって五時間、
喋り倒しちゃったし。
今夜も、
足の指、
握ってから眠ろう。
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1月9日(金)
鏡は見たくない。
今夜のわたし、
ふきげんな顔つきに決まってる。
不安になってるの。
わたしには、
何にもできないんじゃないかっていう。
ときどき訪れるの。
眼鏡まで曇ってしまうよ。
晴れ晴れとした空に浮かぶ、
月にさえも、
顔向けできない気持ちだよ。
まあ、よくあることだわ。
あしたには、
きっと、
なおってる。
なおってるように。
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1月8日(木)
低いところにある月は大きい。
おなじ夜のうちに、
月が、
広がったり縮んだりするわけではないのに。
低いところにある月は大きく見える。
どうしてだか、
わたし知ってるよ。
むかし、教わったの。
信号待ちしてるとき、
ビルとビルのかたわらに浮かんだまるい月を見上げて、
思ってた。
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1月7日(水)
きょうは、
“私小説”について、
おなかいっぱい考えた。
わたしは、ほら、
文学を専攻してましたんで。
この一年間。
最後に提出するの。
「日本の“私”と“私小説”」というテーマで、
何を書くかは自由。
はっきりいって、一年間、いっぱいいっぱいだった。
文学の素養なんて、まったくなくて、
国語便覧の太字の知識すらおぼつかなくて、
そんなわたしが、
“私小説”についての演習をするゼミに所属していたんだから。正式には所属せねばならなかったのだから。
春の頃は毎週毎週ビクビクしてました。
博士課程の先輩がたが口を開くたびに、そ知らぬ顔をして初めて知ることをひとつずつあたまの中で舐めたものです。知らないことがバレないように。
でもいっこうに、“私小説”がなんなのかさっぱりわからず、
そもそも“文学”ってなんなのかさっぱりわからず、
夏がすぎて秋になってくると、
文学ってなあに?
と聞きまわってばかりいたものだ。
いまだにわかんないけど。文学。
そういうわけで、
白状すると、
いっこうにわかんないもんだから、なんか惹かれてやまないんだよね。文学。
漱石も、川端も、芥川も、
みんなすてきだったけど、
いちばんすてきにわたしを魅了したのは、
中上健次だったりして。
いけない、
“私小説”から離れてしまってる。
“私小説”とは、“私小説”とは…。
わたしはそして思い出すのだ。
わたしは、
“私”の“小説”を書きたい。
だから、“私小説”について、知るのもいいかなって。
そう思ったから、四月のあの日、
“私小説”についての演習
に臨んだんだった。
すっかり冬ね。
いよいよ、演習も明日が最終日。
わたしはやっぱり、
“私”の“小説”を、“私小説”を、
書かなくちゃって、
いまでも思ってる。
日本の“私”を。
書かなくちゃって。
やっとこさ書き上げたレポートを横目にね。
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1月6日(火)
光源氏がまた
恋にうつつを抜かしてる。
そんな絵の描かれたお札が、
わたしのところにも回ってきた。
お財布の奥にそれを忍ばせておくことが、
秘密の恋をかくまってあげてるみたいで、
ちょっとだけどきどきする
のは、
秘密にするしかない恋ほど、
匂い立つものが、
色めいていて、
芳しいからなのかしら。
などと思ったり。
まもなく源氏の恋は、
一冊の本と引きかえに、
わたしの手元から離れてしまった。
その本もまた、
恋にうつつを抜かす女あるいは男の物語が綴られている
のなら洒落てるんだけどね。
ざんねんながら、
そうでもない。
そうでもないけど、
とってもすてきな本。
何が書かれてるかは、
秘密にしようかな。
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1月5日(月)
頬に赤みがさす。
冬の冷気に照れながら、
ひとときひとときをいとおしいと思う。
毛糸に包み込まれている足の指さえも、
わたしがわたしであることを噛み締めて笑ってるような気がした。
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1月4日(日)
歌声の力強さの差は、
歴然としてた。
それなのに、
与えられる出番が多いのは、
なるべく多くの観客をかき集められそうなもののほうだった。
「WAR IS OVER」とプリントされた服を、
どうして着てるの。
あなたたちが、
普段発していることばの密度ときたら、
そのメッセージの重みを、
鼻でわらってるふうにしか見えないよ。
わたしこそ、夢追い人なのかもしれない。
だけど、
ブラウン管にむかって、
ただ単純に唾を吐きたくなるのです。
うたうなら、本気で、うたってくれ。
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1月3日(土)
周囲のひとたちの話し声が日本語で聞えてくると思ったとたん、
緊張した。
成田空港、飛行機を降りた直後。
税関で手続きをするための長い列に並んでいたときのことだ。
わたしたち母娘3人は、
かの入国管理局から“再入国許可証”なるものを戴いますので、
扱いが日本人用のカウンターなのです。
列の前から後から。右から左から。
ざわざわっと日本語が聞えてくる。
それはいつものふつうのこと。
なのにそのときのわたしときたら、
飛行機に乗る前に飲んだカゼ薬のせいかしら。
ぼうっとしていて、
さらに、
手荷物の重みが、
けっこうあって、
じんとしていたせいかしら。
耳に、次から次へと日本語が流れ込んでくることが、
理不尽にも、
とてつもないことに思えてしまったのだ。
タイペイでは、
聞えてくる音はみんな、
中国語か台湾語だった。
それもそれぞれが独特に存在しているしゅんかんは少なくて、
いつだってそれらがまざりあってた。
“ふるさとの訛りなつかし停車場にそを聞きにゆく”…
じぶんの周囲で台湾語と中国語がまぜこぜになって響いているという状態は、
わたしにとって、
“なつかしい”。
2歳までタイペイで育ち、幼稚園にあがるまえまで、
そればかり聞いてきたのだ。
わたしにとって台湾語と中国語のちゃんぽんは、
両親や祖父母、親戚が鳴らすメロディーだった。
日本語は、
幼稚園にあがることによって初めて出会った、両親や祖父母、親戚以外の人々、
ほんとうの意味での“他者”が鳴らす聞きなれぬ音だった。
すぐさま、聞きなれぬその音は、わたし自身の音となり、わたし自身の欲望を充たすためには不可欠になった。
それだけじゃない。
いまや、この日本語という音で、物語を奏でようとすら考えているのだ。本気で。
ところが、
税関の順番を待ちながら、
わたしはそんなことすっかり忘れて、
こわばっていた。
そういえば。
昔もこんなことあった。
昔、昔。
長い休みのたびに、
両親に連れられタイペイに行く。
数週間を過ごし、
ときが来てトウキョウに戻る。
今はっきりと思う。
おばあちゃんや、親戚たちと、過ごす時間は、
周囲にいるすべての人間が、わたしを、ちいさな女の子として扱い、可愛がり、わがままがまかりとおる。
気楽な時間だった。
十歳にも満たないわたしにとって、それはまぎれもなく、
“幸福な休息時間”だった。
台湾語と中国語が響く世界での。
それがひとたび生活の場であるトウキョウに戻れば、
わたしは、わがままはおろか、意思すら通じないかもしれない“日常”に着地しなければならない。
成田に戻り、日本語が聞えてくるたびに、幼かったわたしは、
日常に戻らなくちゃいけないことを意識して緊張したのだろう。
あの緊張。
あの、日本語がまだ、
わたし自身のものとなりきれていなかった頃の…。
もう、あれから、十数年経ったはずよ。
なんだって今頃。
今頃、あの、感じが23のこの胸に広がって締め付けるのだろう。
成田空港で。
わたしは、
3年前や6年前に比べて、
余計なことばかり考えるようになってしまったのかしら。
それとも、
あの頃は、
ものごとを知らなすぎたのかしら。
いずれにしろ、
欲望を日本語で語り、
ここまで来たんだ。
物語を日本語で綴る、
夢を見ているんだ。
こわばるのは、
ほんの一瞬でいい。
大喜びで、
日本語に向かって、
着地してやるんだ。
幸福な休息はそれからでいい。
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1月1日(木)
午前零時をすぎたとたん、
花火が上がる。
おなじしゅんかん、
わたしたち家族は、
抱き合って、
はしゃいでいた。
それから、
鳴り止まぬ花火の音につられて、
4人揃って、
ベランダの前にそれぞれの高さの肩をならべる。
ガラス越しに、
色とりどりの、火花。
次から次へと、
宙で踊っては、
消えてゆく。
年明けの夜。
タイペイの夜。
幸と笑みを。
わたしは、
わたしの愛する全てのひとびとの日々に、
幸と笑みが充ちるのを、
心底望む。
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