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4月30日(金)
とりこだ。
わたしは、この日々の、とりこだ。
この顔を、身体を、運命を、受け容れ難く思っていた頃は、とても不安定だったように思う。
たとえば、誰かがこのわたしをとって喰おうとしてるんじゃないかと疑った。そのくせ、黙って通り過ぎ去られたら、充分、傷ついた。
自分が何を求めてるのか分からずにいた。
この顔を、身体を、運命を、受け容れた。そのあとからだ。
自分を生きている、と、腹の底から思うようになった。
もちろん、そうだからといって、怒ったり、傷ついたり、くるしくなったり、そういったことから縁遠くなったわけじゃない。
ただ、今は、
何を思っても、感じても、
これは自分のものだ、だから隅々まで味わおう、
と知らないうちに思っている。
わたしはきっと、顔や、身体や、運命といっしょに、自分が自分であるということもまた、受け容れてしまったんだと思う。
そういう状態で、日々に臨んでいるつもりなのだ。
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4月28日(水)
肩を借りた。人気のないホームのベンチで。始発が走り出してからまだ間もない。まだ空は白まない。冬だった。
手に届く場所に自分好みの花が咲いていて、どうして見過ごせというのか。
わたしはわたしに従うしかなかった。
扱い方もよく知らず、むしりとった。花を。花の。匂いを嗅ぐ。ひらひらと花びら、色が、指に、染みる。
切り紙みたいなおぼろ月。照られて歩いた。花の色が、からだじゅうに、染み渡ってゆく。
あの日の花を、押し花にした。何度も、唇をあてた。
冬は春におしのけられ、春もとうとう夏に覆われはじめている。
わたしは、冬の頃とおなじ身体のまま、長いこと、立ち尽していた。
むしりとった花の、茎から垂れ落ちた血を、わたしは見ていない。地面は赤く染まったのか。
泣かない、泣かない。
わたしがわるかったんだわ。
慣れない、慣れない。
ぜんぶ、初めてだった。
きれいな花。
わたしはわたしに従うしかなかった。
触りたかった、それ以上に、触って欲しかった。
花に。
できればもう一度。
できればあと一度。
もういい。
立ち尽くすのに、くたびれました。
きょうわたしは、記憶を薄めようと決意した。薄れるのを待ってなどいられるか。自分で、薄める。花の色を、ぬいてゆく。
さようなら。
またね。
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4月27日(火)
風のつよい日だった。
壊れたビニール傘を、何本も見た。
骨が折れて、使い物にならない。道端に打ち捨てられてしまったビニール傘は今夜、東京じゅうでどのくらい、あるんだろう。
わたしは、わたしのビニール傘を握り締めて歩く。
夜は、とっくに深まっている。雨も、とっくに上がっている。風だけが、まだ、つよい。吹き飛ばされそうだ。
雲が、月の前を、早々と流れている。
髪が、しきりに頬に貼り付く。
風のつよい日だ。
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4月26日(月)
正午まぢかの、図書館の片隅で。
目が疲れた。
旧仮名遣いの分厚い本は脇にどけ、広げたままのノートとプリントのうえに、突っ伏した。
あっというまに、眠りに落ちた。
夢を見た。
知らない男の子が笑いながらいう。
ぼくは肩車をするのが似合うって言われるんです。
わたしはいう。ええ、
あなたはとてもいい肩をしてますから。
とつぜんわたしは、夢が、夢であることに気づき、自分は、夢とうつつの、ちょうど境目にあるのだと思った。そろそろ、目覚めても、いいかもしれない、と思う。
そのときだった。
夢は目覚めようとするわたしを、抑え付けにかかった。のしかかってくる、といってもいいくらいの、激しさ。
夢を鎖のようだと感じるのは久々だった。
どのくらい、時がすぎてしまっているのか不安になった。
やっと、顔を、もたげることができたとき、さっきはいなかった人が、前にも横にもいた。
時計をみると、ながく見積もっても、たぶん、二十分ほど、眠っただけだった。
眼球に映った現実が、二十分前に比べて、どこか、よそよそしく感じられた。それだけじゃない。見知らぬ人、たまたま眼に映った人たちに対し、いわれのない悪意が、体中にみなぎるのを感じた。
気に入らない。
足を、余った椅子に投げ出して本を読みふけっている男の子の無精ひげ。
気に入らない。
LOUIS VUITTONのバッグの前で頬杖をつき文庫本を読む女の子の長い長いまつげ。
わたしが持ちうる限りの、悪意という悪意が、ここぞとばかりに、彼(の髭)と彼女(のまつげ)に集中する。
わたしには抑え付けているものなど、何も、ない。いつも、言い聞かせてやってきた。
幸福の反対語は、不幸だと、ながいこと、具体的にいえば十代の終わりごろまで、思い続けていた。
そのあいだじゅう、ずっと。
戦争の反対語は、平和だと、教わったときの、あの釈然としない感じ。
あの感じが、つきまとっていたのだ。
愛情深い人間でありたい。
思えば思うほど、わたしはわたしの悪意を、悪意が生じる可能性を、ないがしろにしていってる。
夢とうつつは、表裏一体。
どちらかが、どちらかを、喰い潰そうとすれば…。
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4月24日(土)
しあわせな経験を反芻するのは飴玉を舐めることと似てる。最後の欠片まで味わったら、はい、おしまい。
おなかが空いてもいないのに、口寂しさをまぎらすための飴は、わたしには必要ない。
それで思ったのは、わたしは自分が自分であることの生々しさと緊迫感を、つねに感じていたいんだなということだ。
どんなことがあっても、浸らないようにしたい。浸り過ぎないようにしていたい。
いつもおなかが空いてから食べたい。
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4月23日(金)
大きな茶封筒の手紙が届く。
宛名には、温又柔、といっしょに、warmy and softly と書いてああって、笑ってしまう。
封を切ると、モノクロの写真が出てきた。
あれは11月。
春のような秋の日の昼下がりに代々木公園の芝生に寝転んで遊んだ。
そのときの写真だった。
写真の裏には文字がびっしりつまってて、ラブレターじみてて、うれしくなる。
それよりももっと、写真の中のわたしの髪の毛が今よりもうんと短いことが、やけにこそばゆい。
きょうはすこしばかり冷えるけれど、今また、気持ちのいい季節になった。芝生に寝転ぶのにちょうどいいくらいの。
そして新しい日々は、くるくる、回転しだして、目がまわりそう。
このしんどさ、わるいものではない。
新しく知り合った人たちとの色々なやりとり、まじめなものも、そうでないものも、ぜんぶをひっくるめて、そういう刺激が、次々と力になってゆく。
ただでさえ生意気なわたしの、誇大妄想と紙一重の夢が、日ごとに育ってゆく。現実化しろ、と、迫ってくる。
warmy and softly、
わたしはわたしを、名前ごと、引き受けたい。
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4月22日(木)
個人的な体験を綴ることはひとりよがりのセンチメンタリズムだと思っていた。できるなら、それは、したくないと、思っていた。
わたしが誰であろうとかまわない、そういう物語を、創るんだ、と意気込んでいた。
個人的な体験を綴ることに対し、どうしても抵抗があった。
最近になって、十八歳のとき以来、自分をゆすぶったり、泣かしたり、突き動かしてきたあらゆるものの作り手たちは皆、徹底的に、“その人自身”だったということを思い知る。
個人的な体験を、彼らは語る。徹底的に語る。そこには語らざるを得ない必然性がある。その必然性には、覚悟が、緊張が、迫力が、含まれている。
センチメンタリズムなど、うっすらとも、漂わない。
「彼」は、「彼」でなければ、その物語を綴ることができなかった。ところがその物語はひとりよがりではない、どころか、世界のなかで共振をひきおこす。
そうしたことを考えているうちに、ふっと、ぬけて、また力が入る。
とりあえず、まず、わたしは、「わたし」を引き受けることから始めなくてはいけない。
そう思った。
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4月21日(水)
ふらふらだ。
日記も書けないくらいにくらくらだ。
ねむってないことと、お酒が入ってることと、気が昂ぶってることと、ぜんぶが一緒になってる。
濡れた髪が乾いたら、はやく、寝床にもぐりこもう。
でもきっと横になっても、からだじゅうが脈打ってるのを感じているうちに心まで脈打ちだすのだ。
ゆらゆらだ。
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4月19日(月)
頬杖ついて、話を聞く自分の姿が、ガラス窓に映っている。
そのガラス窓を背にしてO教授は、戦争と国際交流のあいだの人知れぬ関係について説明している。
あくびも出ない。
直前の休み時間にクラスメートのいった冗談があまりにも面白かったのでそれを思い出しては吹き出しそうになる、のを、何度かこらえていたのを除けば、かなり集中して聞き入っていたと思う。
それにしても、気持ちが昂ぶっている。だからなのか、はたまた、もともと惚れっぽいところがあるからなのか、わたしは、この春に知り合った何人かの人たちを、もう、好きになり始めている。
くすぐったい。たまらない。
これがわたしの性格なのだ。
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4月17日(土)
唇に親指の爪をあてる癖がある。傍から見たら指をくわえてるみたいな格好だ。それでしばらく物思いに耽る。
今日もまた一日のほとんどを図書館で過ごす。
来週半ばに控えている発表に向けての準備をしていた。
春休みのときとはちがう、人に聞かせる、という前提で、かき集めた本を読み進めてゆく。没頭しないように気をつけながら、書かれてあることのひとつひとつを、素材として見つめてゆく。
わたしには客観性が欠けているので、そこんとこ、必死なのです。
ときどき、図書館を出た。缶コーヒーが欲しくて、別の建物まで、50メートルほど歩いた。なまあたたかい風が心地よかった。
またひとり、物思いに耽る。親指の爪を唇にあてる。
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4月16日(金)
これで、出てみたいと考えていた講義に、ひととおり、顔を出したことになる。
科目履修登録用紙に、出てみたすべての講義の登録番号を書き込んだ。
握ったシャープペンシルの芯は、0.5ミリ。
丸っこいわたしの文字が黒々と光っている。
迷いのない字だ。
登録届けの締め切りは月曜日だったけれど、今日のうちに、事務室に提出した。
そしていよいよ、日本文学専攻と記入されていた学生証を、国際文化学専攻と記入された学生証にとりかえてもらった。
カタガキは何だって別にかまわない。
いるべきところに、今いる、その感触さえあれば。それさえ、ありありと感じていられるのなら。
きちっとしていたものが、ふいに、崩れる。みなぎっていた力が、身体をはなれて浮遊する。
わたしは、わたしを、どこまで運んでゆけるのだろう。
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4月15日(木)
風呂から上がり寝床にもぐるまでのあいだは、たいてい夜で、わたしはだから、いつも夜のうえに漂っているようなものなのかもしれない。
全身鏡のまえに立つ。
洗い髪に、櫛をとおす。
それだけで、なにかとても奥ゆかしい、気持ちに、自分で、なった。
続くときは続くものだ、今日もまた飲んでしまった。わたしにとっては、おなかを見せてもかまわないような2人と一緒だった。飲んで喋って、快くなって、歌まで、歌いに行った。
酔いは、ふたりと分かれ、ひとりで歩いているうちに、さめた。
わたしはこれでも抑えてるほうだ。好きになったらもっとなりふりかまわなくなる。わたしが本気で惚れたらこちらもあちらも火だるまになる。飛び火もある。それは言い過ぎか。ぜんぶ言い過ぎか。わたしは好きになったら際限がない。それだ。それだけは確実だ。
全身鏡からはなれる。まだ髪は濡れている。このまま、もっと、伸ばそうか。
まだ眠りたくない。
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4月14日(水)
足がふらつく。
今日もまた日付が変わるぎりぎりまで、外に居た。
教授たちは、熱っぽく、手の内を、こちらに晒してくれる。
わたしもまた引き摺られて、熱っぽく、歌い、踊るのだ。
くるくる、くるくると。
春休みが終わって入学式も迎えて、講義が始まるまでの一週間、そのあいだじゅうずっと、なにか得体の知れない球のようなもの、それが身体の内側で、弾みに弾んで絶えずわたしをせっついていたように思う。
おとといの月曜日から、講義は始まり、きょうまでにいくつかの講義に参加した。
出る講義、出る講義、すべてに熱を上げてしまった。
刺激に充ちてる、夢を感じさせる、熱を促す、動きたくなる。
ふらつきながら思った。
きっとわたしは、踊りたくて、たまらなかったんだろう。
わたしをせっついていたもの、それが、力になってゆく。
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4月13日(火)
春はどこへやら。
よっぱらいながら、歩いてた。夜風が、冷たかった。
熱っぽい頬に、手の甲で触れる。
しあわせだ。
もしもわたしがわたしでなかったら、と思うと、恐ろしい。わたしを飼い馴らせるのは、たぶん、わたし以外にない。
そしてわたしは、わたし―素材としてのわたし―を、時折、その過剰さや、へんなことに敏感なところだとかを、持て余しつつも、基本的には、こよなくいとおしい。
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4月12日(月)
道路に面したこの部屋は、自動車の走る音がひっきりなしに聞えてくる。近くに消防署と病院があるからか消防車や救急車のサイレンの音があわただしく横切ってゆくのも、一晩のうちに、一度や二度じゃない。
こめかみが痛い。
騒音のせいではない。もう七年以上この部屋にいるのだ。慣れてしまった。
自分の顔がにくらしくて、鏡の前ではしかめつらしかできない。そういう頃から、この部屋が、わたしを見守ってきた。なのに天井の四隅をじっと見つめたのは昨夜がはじめてだったなんてどうかしてるね。
ところで空にも隅ってあるのだろうか。
地球よりも、太陽のほうが大きいのだと教わったとき、どうして? と思った。地球には、いっぱいいろんなものがあるのに。太陽なんて燃えているだけじゃない?
こめかみの痛みが青い沁みになって、広がってゆく、こうしているうちにも段々と。
サイレンの音で、消防車の赤を思い浮かべて、眩しい。
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4月12日(月)
うたたねをしていたら、母方の祖父の夢を見た。
電話がかかってくるのだ。
おじいちゃんからだよ、電話をとった妹が言う。わたしは思う。おじいちゃんはとっくに死んでいる、わたしが16のときに、死んでいる。
その祖父と、喋る機会が与えられた。
わたしは妹から奪い取るようにして受話器を握り締めると、感極まってくるのをこらえながら、台湾(ミン南)語で、喋り始めた。
台湾語でわたしの知っている単語なんて、たかが知れている。赤ん坊並みだ。その赤ん坊並みの台湾語で、受話器のむこうにいるはずの「おじいちゃん」に向かって、叫ぶように言った。
わたし、いま、やっと、台湾について、わかってきた。
おじいちゃんのときの台湾のこと、わかってきた。
祖父は応えなかった。空白が耳に染みた。妹はいつのまにか消えていて、わたしもいつのまにか目が覚めていた。
祖父を、見た、というよりは、祖父を、感じた。
祖父に、わたしは、何を、伝えたかったのだろう。
きっと、台湾語でなくてはならない、何かを。
いよいよ本腰を入れて台湾と向き合う覚悟を、決めるときが、近づいているのかもしれない。
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4月11日(日)
立ち寄ったコンビニでトイレを借りようとしたら、断られた。
店内には他に客が誰もいなかった。
申し訳なさそうに頭を下げる店員に、こちらも、頭を下げた。
店を出た。
路上では、角ごとに警察官が立っていた。
なんとなく、ものものしさが、漂っていた。
そのあたりには、確か、大使館が多かった。
例の事件の、期限が迫っている。決めるのは、誰か。
テレビを、多くの人びとが、たぶん、今も、睨んでいる。
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4月10日(土)
夜明け間近だった。ひとつ余った枕を抱きかかえて眠った。
夢も汗ばむ。いよいよ春が腰を落ち着けたようだ。
昼近くなってもまだベッドでうとうとしていた。
電話が鳴った。
無視しようかと思ったけど心当たりがあったので体を起こした。
思ったとおり、語学学校の事務局からだった。
春からの中国語講座を受講するか否か、意思を確認された。
「できれば」
わたしは応えた。
その講座は昨日から始まっていた。わたしは顔を出さなかった。大学でとりたいと考えている授業と時間が重なっていたからだ。その授業は来週から始まる。それに一度出てみてから、中国語講座か、授業か、どちらをとるか決めようと思っていた。
その旨を伝えると、事務局の女性は丁寧な口調で、途中からの受講も問題ありません、お待ちしております、と告げた。
受話器を置いた後に、もう何週間も中国語を読み書きはおろか、まともに喋ってすらいないな、と思った。
どこへ行ってもわたしの<中国語>はおかしいと言われる。中国、厳密にいえば上海では、すこし喋るだけで、「あなた、南方の人?」と聞かれた。
台湾人の話す中国語は、中国人とりわけ北京の人々の中国語に比べて、巻き舌が甘い。だから、しっかり舌を巻いて発音しないと「南の人?」ということになる。
わたしは大学に入ってから本格的に中国語をやり始めたのだけど、発音だけは幼い頃の両親との会話の名残があるのか、台湾人の中国語に非常に近い。巻き舌がどうしても、苦手なのだ。
特にわたしの場合、日本人にしては発音が妙だ、と相手は思うのだろう。
上海で髪の毛を明るいオレンジ色に染めたとき、帰りのタクシーで、運転手はものめずらしそうにわたしを見た。
「あんたはいったい、どこの人なんだ?」
といった視線で。
それでわたしはいつもよりも堂々と自分の(文字通り)舌ったらずな<中国語>で行き先を告げた。
実は髪の毛をオレンジ色にするすこし前、わたしには、自分の<中国語>を喋るのが怖いと思う時期があった。通じなかったらどうしよう、という気持ちももちろんあったけれど、とにかく巻き舌の甘い、「南」寄りの中国語を、相手に指摘されることや、悟られることが、憂鬱だった。
発音を正さなくては、と思った。北京の人のようにきれいな発音を手にいれなくては、と。
この舌足らずな自分の<中国語>は、正統な中国語では、到底ないのだ。
今思えば、そう感じた時点でわたしは、中華思想に、屈服していたのかもしれない。
世界の中央に位置するのは北京だ、という「中華思想」。
それに従っているうちは、南のほうの台湾なんて、辺境も辺境じゃないですか。
台湾訛りの中国語を恥じ入っていた自分は、知らないうちに、中華思想に取り込まれつつあったのだと。今になって思う。
中国の、ど真ん中は、依然、「北京」である。
そして、中央である北京以外は文化的に劣っているという中華思想も、いまだ、ある。
重要なのは、中華思想の持ち主が、北京の人々とは限らないということである。
どこの出身であろうと、中国といえば北京が正統で、それ以外はみんな異端である、
そう考える人々をわたしは「北京崇拝主義者」あるいは「北京至上主義者」と呼んでいる。
たとえば、日本人で中国語をやっている人で、ある年配の男性が言っていたことである。
「台湾行っても全然むこうの言ってることわかんないんだよねえ。あの人たちは、スぅーを、スーとしか言えないんだよね」
スぅーときれいな巻き舌で言ったあと、スーと唇を突き出したその男性の笑い顔に、わたしはそれを感じた。
大学で中国語を教える教師に、君はどこの人か? と訪ねられ、台湾です、と言ったら、ふっと笑われたときにも、感じた。
彼ら、北京至上主義者を、単純にわるいとは思わない。
ただ、わたしには、非常に、付き合いにくい人びとだ。
身がすくんでしまう。または、何様のおつもりですか、と挑みかかりたくなる。
こう思うのは、何もわたしだけじゃないだろう。中国大陸は広大なのだ。北京が中心なら、中心でない部分、つまりあの大陸は、中華思想における周辺部によって、おおかた占められている。
上海にも、広東にも、そのほか諸々の地域にも、北京がいったいなんなのさ、と思っている人々はきっと、いっぱいいる。
この頃じゃ、台湾人も台湾人で、あの北京人に比べればはるかに舌足らずな自分達の中国語を<台湾国語>と呼んで、堂々と誇っているというらしいし。
わたしはそれを喜ばしく思う。
しかし、その台湾でも、わたしの<中国語>はおかしいのである。
毒舌の従姉には、「外国人の中国語みたい!」と、日本語で、笑われた。
その従姉の日本語もまたまぎれもない外国人の日本語なのだが、彼女にとって日本語は実際に外国語なのだから、わたしはおなじことを言い返せない。
第一言語かもしれなかった中国語の読み書きを、二十歳近くなってから、やり始めたわたしは、中国語と自分のあいだにあるのは、よそよそしさなのか、親しみなのか、なかなか判別がつかない。
わたしの<中国語>は、わたしの身体の移動に従い、好き勝手変形してしまって、もはや、何がなんだか、という状態なのかもしれない。
そして何より重要なのは、わたしの<中国語>は、いまだにわたしの日本語に太刀打ちできない。自分の内面世界を探究する、という面において。内面世界の探究あるいは描写、わたしはそれをするのに、日本語に頼りきりなのだ。
はやい話が、わたしの<中国語>の水準がいっこうに上がらないということだ。正統だとか、異端だとか、ぎゃあぎゃあ言ってないで単語のひとつでも覚えていけよ、という感じなのだ。
いつか、日本語と中国語が、わたしの身体の中で拮抗するときはくるのだろうか。
そうなったあかつきには、それこそ、正統な中国語、だとか、正しい日本語だとか、みんな、蹴っ散らしてやりたい。
中心なんて、ない?
語学学校の講座申込書をどこにやったかな、と思う。
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4月9日(金)
閉館間際まで大学の図書館に居た。
帰り道、近所のサブウェイで、ローストビーフのサンドイッチを買う。トマトと、ピクルスは抜いてもらい、ソースはレギュラーだ。
今夜は、わたしひとりきり。
浴槽にお湯を溜めている間に、持ち帰ったローストビーフのサンドイッチを食べる。氷を入れたグラスにはコーラを注いだ。コーラも氷も、2004年初、だった。
きょうは暖かかった。
昼すぎから日が暮れるまでの間、神楽坂の上のほうにひっそりと佇む隠れ家のような御茶屋さんに居た。畳敷きで、縁側のある、イナセな御茶屋だった。
ともだちが、いいとこあるよ、と連れてきてくれたのだ。
冷たい中国茶を飲みながら、お尻は座布団につけたまま、脚を、日の当たる畳にのばす。
気持ちいいよ、と何度も何度も言いたいのに、あえて言うのをもったいぶってみたりした。
薄暗くなってきた頃、図書館で本を広げた。午前中も、おなじ席で、おなじようにしていた。
気が昂ぶったままなのか、きのうも今日もきっと明日も、本を読みつつメモをとるという、春休みにいつもしてきたはずの作業をするのに、気が急いてしょうがない。
今夜はひとりだから、気ままなものだ。夜遅いのに、コーラにサンドイッチ、許される。
テレビをつけたら、ジャッキー・チェンの映画をやっていた。
ジャッキーの裏では、例のニュースばかり、やっていた。
気が昂ぶる。ぐらぐらする。
浴槽にお湯が溜まってゆく。
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4月8日(木)
知ってることを知ってるだけみんな、口に出さずにはいられない“おりこうさん”、お眠りなさい。用はない。
おりこうさんなんかじゃなく、わたしはサーカスみたいになりたい、大好きなあの人みたいに。
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4月7日(水)
いろいろ思いつめていたけれど今日のわたしは、お日さまと、きれいな水と、そよぐ風に恵まれた果物のようにご機嫌だわ。
自分が働いていないこととか、世の中のことを知らなさすぎるであろうこととか、
そういった諸々について考え始めたらきりがなくなった。
ひっくるめていえば、世の中に対する引け目のようなもの、それでいっぱいになって、困っていた。
困りすぎて、ぱちんと弾けた。
働いてないこととか、世の中のことを知らなさすぎるであろうこととか、
自分のそういうとこ、忘れるのはいけないけど、かといって、足をとられてちゃ何にもならない。
わたしがすべきことは、この場を、あかるく元気に逞しく、まっとうすることだ。
先々のことは、今のわたしが今にどのくらい集中しているかによって決まる。
経験でわかっているはずだ。
笑え。うつむく暇があるなら、笑って、そして、飛べ。
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4月5日(月) 2
気が急く。
シャープペンを持った右手が、震えているような気がする。
春休みは終わった。
大学構内には人が溢れている。
講義が始まるのは来週からだ。
わたしは図書館にいる。
やっていることは、一週間前と変わらない。一冊か二冊の本を、ノート片手に精読している。それだけだ。
図書館は飲食禁止だからコーヒーは諦めた。まったく平気だった。やっぱり中毒ではなかった。気分の問題だった。手に届かないとわかれば、忘れられる。
音楽禁止ではないから、耳の穴にはMDウォークマンのイヤホンを突っ込んである。それでももしかしたらわたしは音楽なしでだっていられる。
もっとも手放せないのは、この、シャープペンシルかもしれない。ずっと握り締めたまま、ノートに黒い染みを、増やしてゆく。
それよりも、日ごと文字が増えてゆき古びゆく何冊ものノートを宝物のように有難がるということ、何年先までしてしまうのだろうか、わたしは。
いつかはすべてが必要なくなって裸のままでいられたらな、と、でもそれは死ぬときでいいかなとも思う。
まだ死にたくない。ぜんぜん、死にたくない。誰かのためにではなく、自分のために、まだ。
気が昂ぶっている。
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4月5日(月) 1
友だちといた。
よく行く喫茶店で、よく食べるホットドッグを食べ、よく喋った。
シロップをまぜたアイスティーが美味しかった。
会う約束もなにもしていなかったのに、ほんとうに、偶然、ほんとうにふらりと、わたしたちはぱったり出会った。
図書館で。
彼女とは、春休み、しょっちゅう一緒にいた。
どの一日も、ひたすら、楽しかった。
新年度に際して気が急いて、なにがなんだか、ふらふらだったわたしにとって、彼女とのお喋りはちょっとした安定剤になった。
彼女のような友だちが自分にあるということ、それだけで、なにかが充分だった。
わたしときたらきっと扱うのに相当のエネルギーがいる。剥き出しになればなるほど、厄介な性分なので。
だからわたしは、彼女や彼女のようにわたしを自然と剥き出しにしてしまいさらにそれを楽しんでくれるすべての友人たちにたびたびこっそり愛を送っている夜中にひとりで、ひとりよがりな愛を。
さて彼女とは去年の今頃知り合ったばかりだったのかと思うと、春はやっぱり、世知辛いだけの季節じゃない。
次に続け!
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4月3日(土)
寝て覚めたあとも、まだ、春に打ちのめされていた。
その最も顕著な証に、学生証の更新に行くのがすっかり遅れてしまった。ようやく大学にたどり着いた頃には事務室の窓口は閉まっていた。
空で月が輝いている。窓口が閉まって当然だ。仕方がないから時間割表だけもらっておいた。
サークルの宣伝ビラがべたべたと貼り付いた壁際に身をよせて、新年度の時間割表を指でなぞる。一杯だけコーヒー飲んだら帰ろうと思った。
今日は入学式だった。
わたしは一年前よりも、一歳分、年老いた。
放っておいても、自動的に、経験が積み重なってゆくような域は、とうに越えた。
わたしは一年後よりも、一歳分、若い。
歴史について考え込む。
コーヒーを啜りながら螺旋状の時間軸を思い描いていたら、友だちから呼び出しをくらった。
新入生歓迎会に顔を出せ、という指令である。
わたしは、自分が正式には新入生ではないが、転籍先においては新入生なのだということを、認めざるを得なくなる。
春を打ち破れ。
エレベーターから降りると、友だちが迎えてくれた。
パーティーが始まろうとしていた。それぞれの専攻ごとに、テーブルが用意されていた。
去年とおなじ光景だった。
友だちとふたりで、人波をかきわけ、「国際文化専攻」と印刷された紙の貼り付けてあるテーブルまで行った。
去年はなかったテーブルだ。
コーヒー1杯で帰るつもりが、ビールを(グラスでだけど)3杯も飲んでしまった。
おかげで多くの人びとと知り合った。
ひとりの人と「出会う」ごとに、このごろ弱まっていたはずの熱が、胸のあたりまで跳ね上がってくるのを感じた。
春を打ち破れ、破れた。
パーティーのあと、夜桜の下を歩き、それから、飲みなおした。
ねむれない。
昨日もねむれなかったけれど、昨日とは対極の気分だ。
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4月2日(金)
Aにとっては興味も関心もない話を、Bがえんえんと垂れ流している。いっこうに止まない。
そこで、Aは思う。
ただ退屈なうちは、いい。不快さが増してきたら、これは暴力になる。死に至らしめる行為になる。現に、欠伸がいくつも殺された。
Bの口はまだ動いている。瞳がぎらついている。
わたしはときどきBになる。
相槌をちゃんと打ちなさい、嘘でもいいから、と強要したことが、何十回とある。
Aの役を担うのは、たいてい、あなただった。
「聞いてなくてもいいの、聞いてるふりをしていて」
あなたはそれに一度も同意しなかった。
反応を偽れない、と、貫いた。
あなたの誠実さを恨んだこともあったけれど、今は昔。
あなたほど信頼できるひとはそういない。
別の人の為にAをすこしは経験した今、よくわかる。
恨まれたくないから、反応を偽わるということ、何度もした。
よほどでなければ、誰かのAとして、わたしは徹することができない。
今でもわたしは、ときどき、Bになる。暴力をふるおうとする。
それが怖くてだれとも喋りたくないときがある。
春によくある。
そういうとき、わたしは、わたしの中に、自分そっくりの女の子をこしらえる。彼女にだけは、すべてを垂れ流しても、暴力とはならない。それどころか、彼女は理想的な相槌を打ってくれる。ぎらついた瞳にもひかない。
昔馴染みの日記帳が、わたしと彼女を媒介する。
それにしても支離滅裂な真夜中だ。この日記を読むことを通してわたしのAに今夜なってくれたすべての人たちを…ねぎらいたい。
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4月1日(木)
あと三十分で日付が変わる。JR新宿駅東口改札手前の柱にもたれているとき、男の子と男の子がキスしてるのを見た。
数分前まで居た店のバーテンダーは、知り合いと知り合いを足して2で割った顔をしていた。
きょうわたしは、グラスをひとつ、割った。青い液体は宙を舞うとき透明になる。
JR新宿駅東口の改札は地下にあるから空もみえない。月もみえない。どうせ雨だ。雨がまた花を散らそうとしている。それでも残った花が明日笑うのか。
きょうはおみくじを引いた。雨が降り出す、ずっとずっと前に、引いた。鞄の中の手帳のあいだに挟んである。藤の花の描かれていて、しかも、香りつきのおみくじだ。
ジーンズのポケット、手をいれてスイカ定期券のつるっと硬い感触、指で確認する。ある。そのとき、男の子と男の子のキスが終わった。
別れ際の離れがたさが均等である関係が理想。そう思う。サヨナラはきらいよ、お化け屋敷とおなじくらい。そう思う。
おみくじは大吉だった。
まにうけたい、声に出していう。まにうけたい、まにうけたい。
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