ON日記12月 ―Taiwan編―
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おばあちゃんは昔、日本人だった。17歳まで日本人だった。わたしが16のときに死んでしまったおじいちゃんも日本人だった。22歳まで日本人だった。
わたしのようなジャパニーズを。わたしのような日本人を。おばあちゃんのような日本人だった人を。 |
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父が台湾にいるときに泊まるというアパートで、家族四人は夏以来に揃う。 今そこにいる。今年もまた台湾での晩が過ぎてゆく。一年前は久々の台湾に胸が弾んだ。一年経った今はどうだ。この手で何を残した一年だった? 一年前よりもかすかに年をとったように思える祖母と会い一年前よりも小さくなってしまったように思える身体に抱きしめられ一年前とおなじように温もった皺の手に手を握られ、それをみんな思い出しながら、わたしはわたしを強く責めている。いつまでうかうかしてるつもりなんだ。ときは流れている。ただもう、流れている。忘れんな。 |
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英国で、英国人の観客に向かって彼らは、自分たちの歌を演奏していた。英語の歌詞で歌っていたボーカルが間奏になって突然叫んだのだ。
と子どもの頃に誇らしげに語ったことがあった。 「わたし、日本人じゃないの。」
地べたに坐って網越しの海を眺めながら缶コーヒーを飲んでいるときに友だちは云った。 自分を日本人だと名乗ることを躊躇してきたのは日本がきらいだったからではない。そんなことあるはずがない。 嬉しかった。腹が立つほど嬉しかった。泣けてきてしかたがなかったけど口のわるい友だちにからかわれるのがいやでこらえていた。 と言い放ったことがある。理由を求められても説明できる自信がないくせに妙に強い口調で言いきった。むきになっていたのだ。むきになって鬼のような顔をしてたのだ。教室にいただれもが黙り込んでしまった。ごめんなさい、と思った。 「母語と、母国語はちがう。」 わたしの母国語は、日本語だ。
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旅立つのは明日だった。
年の瀬だからか、いろんな人とのことを思い出す。いろいろな人とのいろいろな瞬間を思い出す。周囲にあるものをある人を、次から次へと好きになった。泣き笑いでずっと来てしまった。泣いたし笑ったなと今年ほど思うことは今までなかったなと思う。思う傍らで、これくらいの気持ちにはけっこう毎年なっているような気もしている。 自分が消えない。どんなにあがいたって自分が消えない。誰といたって、誰といいことしてたって、誰とぶつかっていたって、いつでもわたしがわたしに寄り添っている。意地悪く笑みを浮かべてることもある。ふくよかに笑っているときもある。嬉しくて哀しい。哀しくて嬉しい。
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