日々の

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11月28日 月曜日

皺くちゃのお婆ちゃまが太陽のように微笑む。
「だいじょうぶよ。」
お婆ちゃまのやわらかい眼の光が告げた。
赤頭巾ちゃんと同じ格好のお婆ちゃま。
「人生って、とっても素敵なんだから。」
片目をつむって、お婆ちゃまは、そう云った。

あれは、わたしの姿だ。
わたしが、わたしとして生き抜いた、その果ての姿。

赤頭巾ちゃんの絵本を閉じた。狼のおなかから、出てきたばかりみたいな。
あたらしい光を浴びたら、さあ、笑いましょう。
だあれに遠慮してるの?



11月27日 日曜日

洪水なんだわ、きっと。溺れそうになってる。かろうじて、浮かんでいる。


助産師免許がないにもかかわらず、出産を助ける行為をしたうたがいで、住所不定、無職のおんなのひとが捕まったという。77歳のかのじょは、かのじょと同じ国籍のおんなのひとの出産を手伝おうとして、そのひとを死なせてしまった。そのひとの赤ん坊も死なせてしまった。それで捕まった。死んだおんなのひとは、不法滞在で摘発されるのを恐れて、こどもを産むのにふつうの病院にいかなかったのだそうだ。それで、77歳のかのじょを頼って、出産しようとした。


そのニュースが流れたとき、わたしは新宿の焼肉屋に居た。

わたしの為にわたしの肉を焼いていたモンの背後にあったテレビ画面に、無資格助産行為、という文字が映しだされたとき、思わず眉をひそめた。どうした、とモンに尋ねられてもわたしは、つかまったのも死んだのも日本のひとではないんだ、ということを自分がどう感じているのかうまく説明できない気がして何も言えなかった。
モンは、わたしの為に肉を焼く。わたしがいずれこのひとに嫁いだあとも、このひとは、わたしや、わたしが産むであろうわたしたちの子どものために、焼肉屋では、肉を焼いてくれるのだと言う。それは、わたしの父が、わたしの母やわたしや妹にしてくれたのと同じことなのだ。日本に来てまだ間もないころ父に連れられて家族でよく行った焼肉屋は今はもうないけれど、じゅうじゅう煙が立ち込めていたのを覚えている。父は、汗をぬぐいながら、かれの三人のおんなのために、肉を焼いてくれた。
座敷だったので、折りたたんだ足が痺れてる。どうした、再び、モンが尋ねる。わたしは首を振る。

結婚なんて、ただの制度よ? 全ての、机の上という舞台で軽薄に踊り狂う、空っぽの言葉の数々を、銃で撃ち抜きたくなった。


11月24日 木曜日

このお湯は、暖かくも冷たくもない。身を浸す。うつむくと、すきとおった湯のむこうに、白っぽい体が見える。これがわたしの体!

ぬるま湯はごめんよと唇を尖らしたのは遠いむかしのこと。ねえ、世間って、思うほどわたしに冷たくないのね。かといって暖かくもない。世間は、ただ世間だ。どう泳ぐかは自由。そんなことを分かりつつあるの。いまさら、とも、いまごろ、とも言える。ひとの倍は、時間のかかる子なの。そうなの、だから。わたしを、おかあさんにしようたってそうはいかない。わたしはまだ、こどもであることを終えていない。
あなたと話していて思った。わたしは、将来、どこで生きることになっても、こどもだったことを、忘れたくない。この国で、こどもだったことを、絶対に忘れない。わたしの肌の色はこの国では目立たない。瞳の色も道行く多くのひとと同じ色だわ。くるくる廻る。太陽は隠れたことない。雲や風や夜がやってくるだけ。

どうしてだか。いつも、見捨てられたらどうしようと思っている。見放されたらどうしようと思っている。でも何に?

このお湯のなかに、沈めてみる。わたしの体!
だけども何故だかわたしは、どんなに混乱しようと、わたし以外のなにものにも生まれなくて良かったなあと思っている。


11月21日 月曜日

ダージリンの紅茶をポットで分け合った。あなたがイチゴのケーキ、わたしはチョコレートのケーキ。それぞれにつつきながら、長いお喋りをしたね。あの午後。空が、あおくすきとおってマフラーなしじゃ耐えられないほど寒くなりつつあった深い秋の午後。あなたは坂道でふわふわの耳あてを買った。それが耳あてであることも知らずに買った。手袋の代わりにしようとしていた。手袋にしては風変わりよね、でも暖かい。あなたの着ていた白いカーディガンによく似合ってた。

きょうのことを思い浮かべながら数年後のわたしはあなたにむかって手紙を書くのだろう。

わたしは小説を書こうとしていて、小説を書くということは決してらくなことではないと思い知ったばかりで、とても打ちひしがれていた。
そのわたしにあなたは言った。「あなたね、夢をもらうのではなく、夢をあたえる側に立とうと思うのなら、強くならなくちゃ。ちょっとやそっとのことでへし折られてしまうようでは、他人を感動させることなんか、到底、出来っこないのよ。夢を、ほんとう(・・・・)にしたいのなら。ほんとうに、ほんとう(・・・・)にしたいと思うのなら、腹を据えなくちゃ。腹を据えるのよ。」

きょうのことを思い浮かべながら今夜のわたしはあなたがわたしに喋ってくれたこと伝えようとしてくれたこと噛み締めている。文学に対して、わたしの知る限りのひとびとのなかで最も真剣かつ真摯な愛情を抱いているあなた。文芸評論家の卵ともいえるあなた。あなたも喜ぶような小説を。いつかわたし書く。書くからね。


11月19日 土曜日

中華料理の小さな店に向き合って坐った。すこしだけ呑もうか、とビールを瓶で一本だけ。あなたは、豚の角煮のご飯をレンゲで掬って、わたしのお皿に乗せてくれる。わたしが食べたいと言って頼んだ餃子にはなかなか箸をつけない。食べなよ、とすすめてはじめて、口もとまで運ぶ。おいしい、と顔をほころばせる。お酒によわいわけではないのに、むしろとても好きなのに、ちょっと飲んだだけで、赤くなる。その赤く火照ったあなたの顔がほころぶのを見るときだけわたしは、自分のほうがあなたよりもおねえさんになったような気がして、ちょっと嬉しい。
たくさん頼んだのにそんなに高くなかったね、と言ってお店を出た。あなたもわたしも赤ら顔で、離れがたい思いをお互いに抱きあいながら、寒風のなかを寄り添って歩いた。今度は中華まんを食べようね、なんて言いながら歩いた。



11月18日 金曜日

定職にも就かず、自分では一銭たりとも稼がず、ふわふわっと、踵が掠る程度しか、地に、足を着けられない。

父は、いつかわたしを見捨てるかしら?
母がうらやましい。父の、娘ではなくて妻である母が。
父をあいし、父にあいされている限り、母の生活は安泰だ。

母の産んだ父の一人目のこどもは、もう二十五年も生きている。
わたしもいつかこの身体から、人間そっくりの、ちっちゃくてあいらしい生き物を、捻りだすのかしら。名前を付けて、育てるのかしら。ママ、とか、おかあさん、とか、そんなふうに呼ばれるのかしら?

わたしが、ママだなんて。
わたしが、おかあさんだなんて。

赤ん坊が、赤ん坊を生むみたいね。妊娠も、出産も、玩具じゃないのよ。

 

それとも…時期がくれば、わたしだっておかあさんになれるようなおんなのひとみたいになるのかな。



11月17日 木曜日

今夜は帰りたくない
誰とも話したくない
ベンチでひとり坐っていたい

今夜は自分がイヤになる

              信じるフリをするの

              わたしはみんなと違って特別なのだと
             
そう信じたい

              (映画『パシフィック通り』より)


『パシフィック通り』のソフィー・マルソー演じる女の子の心境が、他人ごとに思えず、深夜にひとり鼻を啜った。ベルナール・シュミット監督、90年仏映画。
ソフィーの演じるベルナデッドは、17歳のときに「何もかもが低俗。ここはあたしのいるとこじゃない」と高校を中退し、ともだちや、おとこのところを転々としたあげく、ウェイトレスをするようになる。ベルナデッドにとっては、その生活も退屈きわまりないものだった。そう、退屈すぎる。「ここはあたしのいるところじゃない。」
そこでベルナデッドは一度だけ関係したアメリカのおとこを頼りに、アメリカに渡ろう決意。「引き止めたってムダよ」。だが彼女を引きとめるひとなんて、いない。
新境地であるはずのアメリカに着いたら着いたで、だれもベルナデッドを心から歓迎してくれない。親切にしてあげない。異邦人としての孤独感や焦燥感や苛立ちは、ほぼ手加減なく、ベルナデッドを襲う。
そんなときのベルナデッドの態度ときたら、けなげ、なんかとは、縁遠い。あくまでも、ふてぶてしく、かのじょはかのじょの感情をもてあます。いろんなひとを、めいいっぱい、傷つけている。困らせている。
でもそんなの、ここに来るずっと前からそうだったんだ。どこにいったっておなじなのかもしれない。
…そういうお話。
エンドロールと一緒に流れる音楽、その歌詞を字幕で追いながら、ベルナデッドみたいな女の子ってどこにでもいる、と確信した。どこにでもいるんだ。

あの夜、あんまりにも腹が立ったものだから、だれとも話がしたくなくなって、道端にひとり坐りこんだ。そのとき、思った。「わたしはみんなと違って特別なはずよ。でなくちゃ、こんなのわりにあわないわ。」ミルクもお砂糖も入っていない缶のコーヒーを、ぐいっと飲む。口から漏れた。白い服が、台無し。お気に入りの一枚だったのに。だれかわたしを、なだめてよ。まんまるいお月様が、せせら笑うように浮かんでいる。

他人の人生に、興味などない。否、興味を抱くような人生を生きている他人が身近にいないわけではない。ただ、自分の過ごしてきた人生がたいそうなものであるはずだと思い込んでいるひとの人生になど、興味はない、というお話。たとえば、素晴らしい恋愛。手痛い失恋。当人にとっては特別でも、当人以外の人間にはつまらないことだ。実にどうでもいい。
だからこそ、
「わたしがわたしにとって特別なように、わたしは、わたしが他人にとっても特別なのだと、どうして思い込んでいるのかなあ?」
自分がイヤになる。

小説になるほどの価値が、この人生にはある、だなんて?

わたしは、小説を読む。
「韓素音の月」「最後の吐息」「西安の柘榴」「かがやく水の時代」…異国の地に身をおき、母国語と距離をおかざるをえない空間で、どこか途方に暮れているようなひとたちの出てくる小説を。
先々週台湾へ行って戻ってきてからというものの、一ヵ月半後に締め切りの迫った修士論文の執筆はおろか、準備すら、ろくすっぽせずに、夢中になって読んでいる。ベルナデッドみたいに、眉間に皺を寄せながら。

異邦人だから、孤独なのではない。孤独だから、異邦人なのだ?
「容疑者の夜行列車」「星条旗の聞こえない部屋」「浦島草」、胸を突き刺すのはそんな小説が多かった。「由煕」だって、そう。そうだった。「由煕」も、そうなのだっけ。



11月15日 火曜日

卒業したら何をするの、と訊ねられると、何も、と応える。何も決まってない。だけれど、大学に居続ける意志がないのは確か。七年も通ったのだし、そろそろ潮時だ。禁煙の学生食堂で、七つ六つ年下のおとこのこやおんなのこが、お行儀悪くタバコを吸っていたりするのを見ていると、はやくここを出なくちゃ、と思う。

今朝はお布団から出ると、ぴゅうっとさむかった。冬だなと思う。脇で眠り込んでいたモンの頬を指で突付いて起こすと、モンにはヨーグルトを食べさせ、自分は粉末のコーヒーに熱いお湯を注いで呑んだ。しごとに出掛けてゆくモンを見送ったあとはもう一度布団にもぐりこんでしまおうかと思ったけれど、そんな生活はやっぱり、申し訳ない。中国語の教科書を開いて、太字になった熟語を、眺めている。
今回の台湾では通訳の真似事みたいなこともした。
非常に難儀だった。

それでも、中国語を日本語に訳すのは、日本語を中国語に訳すのよりも簡単だった。あらためて自分の母語は日本語なのだと思い知らされた。母語?母国語?
いずれにしろ、台湾のひとに向かって、わたしは幼稚きわまりない、しかも、たどたどしい中国語で話しかけていたのだけれど、よくぞみんな我慢強く耳を傾けてくれていたなと思う。ありがとうございます。
中国語に限らず、わたしの喋っていることは分かりにくいと、ひとに思われている気が、ここのところする。たぶんむかしからなのだけれど、自覚するようになったのは、ちかごろだっていうお話。
(もっとね、もっと分かりやすく。ほとばしるその思いを、他人にも分かることばで説明するのよ。)

思いたって、チャラのうたう「上海ベイベ」を聴く。
ピアノをベッドにして遊ぼうよ、と、わたしはそれを上海の寮の自分の部屋で何十篇も聴いたのだった、五年前。あの映画は、監督も音楽担当者も、いつもどうも好かないのだけれど、それをうわまわるほどチャラが好き。「埒があかねえ。」上海で思った。「大陸だけじゃ、ダメだ。台湾。台湾に行かなくちゃ。」
ほんとうは、大陸のことだって何にも分かっていない。それどころか、日本のことも。
あたしは猛獣使いのベイベ、とチャラはうたっている。
自分ですら、自分を手懐けるって難しいんだから。他人に任すなんて言語道断じゃない?

卒業する前に、論文を書こう。あと、小説を。わたしがゆるされるのには、もう、それしかないんだから。



11月14日 月曜日

もしもボックスに電話をかけて鏡のない世界を作ったのび太くんは、いつもみんなで遊ぶ空き地におおきな鏡を置いた。
いちばん最初に鏡を見たのはジャイアンで、「ごりらみたいな乱暴そうな奴がいる」。やって来たスネ夫くんにそう言った。スネ夫はおなじ鏡をのぞきこんで、「ごりらなんていないよ。きつねみたいな、ずるそうな奴がいるだけだ」。と言った。「あら、どうしたの?」しずかちゃんがやって来ると、ジャイアンとスネ夫くんは交互に言う。「ごりらが」。「いや、きつねが」。ところが鏡を見たしずかちゃんは、「ごりらもきつねもいないわ。かわいい女の子がいるだけよ」。と言う。
そんなジャイアンとスネ夫くんとしずかちゃんを見ながら、のび太くんはげらげら笑ってる。

鏡のない世界。鏡の、ない世界。
これは、「ドラえもん」という御伽噺の、一挿話。
鏡のない世界。鏡の、ない世界。
きゃっかんし、が大の苦手なわたし。わたしはいまだにわたしがどんな顔をしているのか分かっていない。だからわたしはわたしを、かわいいとかきれいとか、言ってくれるひとがあれば、もっともっと言わせたくてたまらないのに「うそつき」と受けいれない。「うそつきめ」と。きれいとか、かわいいとか言われたら、本当はもっとうれしくなりたい。
鏡のない世界へ…のび太くん、連れてってよ。確かめたいの。
顔のこと、だけじゃなくて。ぜんぶ、確かめたいよ。


11月13日 日曜日

飛んでいるのはわたしではなくて、わたしを乗せた飛行機なのだから、雲をみおしていても雲の上にいる気はしない。だからって、考えていることが地に足のついた内容である、だなんていう保証もない。
一週間前、台北から東京にむかう飛行機のなかで。


感覚が、麻痺する。思考は、停止する。
「わたしは、日本に育ったので、その問題については十分に考え抜いたことがありません。」

台湾が、どうなろうと、中国が、どうしようと。
「知ったことではないのです。」
きっと、それが本音だったのだと思う。“台湾と中国についてどう思うか。” わたしにとって、最も怖ろしい質問。気軽に訊ねてこないでくれ、と相手をにらみつけたくなったこともある。でも大概は、質問に十分に応えることの出来ない自分のほうにこそ人としての欠陥があるような気がして、縮こまる。

台湾で、台湾独立を訴えている人たちのニュースを見た。
「台湾は、中国じゃない。」
中国語では、もちろんない。かれらがいうところの、台湾語である閩南語で、かれらは叫ぶ。
「台湾は、中国じゃない。」
ニュースになるぐらいなのだから、台湾のなかでも、とくに、過激なグループのようである。かれらは焼いていた。旗を。その旗は紅地で、左上に大きな黄色い星がひとつ、それを同じく黄色の小さい星が四つ、弧状に囲んでいる。
中国の、中華人民共和国の旗だった。
「日章旗」「青天白日旗」「星条旗」…、単語帳の中に新たに、「五星紅旗」という単語を付け加える。国旗という言葉はきらいなので、そう言わないために覚えるのだ。
一緒にニュースを見ていた祖母が、車椅子の上で眉をひそめる。「なあに、あのひとたち?」
あのひとたち、とおなじ閩南語で祖母は言う。
「もうじき、お迎えがくるような年齢じゃないの。何やってるのかしら。」

祖母の言葉に、叔父夫婦が苦笑する。
日本育ちの孫娘は、「漢民族って、旗を燃やすのが好きなのかしら。」

と不謹慎きわまりないことを思っている。「わたしがかあっとしやすいのは、わたしも漢民族だからなのかしら―すくなくとも、サムライの遺伝子なんか受け継いでないしね。」
祖母の夫、わたしの祖父にあたるひとの兄は、白色テロのどさくさに巻き込まれ、政治犯として処刑されたと聞く。政治によって、いのちをちょん切られることもあれば、政治によって、いのちの火が燃え続けることがある。
「使命感よ。」
祖母にはいえない。心の中で思う。「使命感に突き動かされているの、あのひとたち。台湾の運命を、本気で考えているのよ。年齢なんか関係ないわ。」
血?
冗談じゃないわ。日本人よりも、日本国のことを強く思い、戦い、散っていったひとたちの中には、大和民族でもない、漢民族でもない、台湾の原住民の人も多かったのよ。
血とか、民族とか、もういいかげんにしてほしい。

と思っていたら今度は、背広を着た男が中国語でまくしたてている。
「かれは、外国人だ。」
男は、まず言った。
「かれは、中華民国のパスポートを所持していない。よって、われわれの国の国民ではない。」
なんのはなしよ?

わたしはテレビ画面をにらみつけながら、ニュースの内容を必死で聞き取ろうとするけれど、中国語がよくわからないので、あまり理解できない。
「中華民国のパスポートを所持していないのなら、ここでは外国人だ。」
とにかく、そのようなことを言っているのだけがかろうじて理解できる。
まさか。

舌を出したくなる。わたし(・・・)()ここ(・・)()()外国人(・・・)では(・・)ないん(・・・)()って(・・)。笑い出したくなる。ちっとも(・・・・)嬉しく(・・・)ない(・・)

額を、飛行機の窓ガラスに押し当ててわたしは、笑いをこらえている。
この飛行機が落っこちて、日本のパスポートを持っているひとがひとりも乗り合わせていなかったら、日本のテレビニュースでは「乗客に日本人はいませんでした」と報道されるのだろうか。
誰のせいでもない。
わたしは、二十歳の頃から、問いかけられるたびに感覚も思考も麻痺させてきたあの質問の応えを今紡ごうとしている。今はっきりと云える。わたしが、中国と台湾と、そして日本のことについて考えるのは、誰に訊ねられても困らないような優等生的解答を求めているからなのではない。それを喋るときのわたし自身が、国単位でまとめられる何にも結び付けられぬようにするためなのだ。国という単位で、回収されえぬような。そういう位置に自分は在るのだと。それを示すために。

東京に戻ってから数日後、友人たちと呑みに出掛けた。呑みの場でわたしは酔いにまかせて、
「愛情と欲情は結びついている。それが、おんなってものよ。」
なんてことを、したり顔で語っていた気がする。
おんなってものよ?
よくそんなこと言えるものだ。自分についてならいくら語ったって構わないだろうが、おんなについて語る、だなんてとんでもない。
おなじ文法にのっとって、「それが、日本人ってものよ。」「それが、中国人ってものよ。」「それが、台湾人ってものよ。」誰かが言ったとしよう。
あーあ、って思うのに。

自分について、自分のことばで喋るのよ。大切なことなのよ。がんばろう。



11月12日 土曜日

齧ると甘い蜜が出てきそうだね、と、そんなようなことを云われたので、わたしは自分が果汁たっぷりのゼリーにでもなったような心地がしてきて、その心地ったらなんだか悪くないのだ。人間じゃないものになったつもりで数秒間過ごすのって愉しい。子どもの頃にはよくやったでしょう?
今度は何になろう。
そうこうしているうちに二ヶ月ぶりの血が流れ出す。このからだときたら一応は、おとなのおんななのだ。人間そっくりの、玩具じゃないのだ。


11月11日 金曜日

友人たちと、わいのわいの、と呑んで、はしゃいで、しまいにゃ、千鳥足になって帰ってきた。ほろ酔い機嫌。今夜はぐすり眠れそう。
歯磨きのとき、鏡に映った笑い顔がとろけそう。

 


11月10日 木曜日

息が途切れる。寒くなってきたのでもう裸に近い格好で一晩じゅう過ごすことはできなくなった。鼻水を啜りながら鼻の皮が擦り剥けていくのを感じる。
空に浮かぶ白い月は、これから徐々に膨らんでゆく。

わたしは身をよじらせながら、わたしをからかってくる人のことばを、さもありがたいもののように感じながら聞いている。わたしは、わたしを上手にからかうひとが好きだ。頬が赤くなる。
時間が、とろとろと流れる。
さすがのわたしもこの頃は、自分にとっては疑いようのないことでも他人にしてみればとても信じがたいことなのかもしれないと、疑ってみようとする気持ちを持ち始めるようになった。
まともなおとなにならなくては、と、本気で思う。身分のはっきりとしたおとなにならなくては。
…本当に、そんなことを思っているのかな?

息が切れる。久しぶりに坂道をのぼったせいだ。



11月7日 月曜日

「わたしの、ある種の激しやすさ…。それは、日本人のそれよりも、もしかしたら台湾の人の性質に近いのかもなあって。そんなふうに思ったんです。」

わたしは言った。
自強号、といういかつい名前の付いた列車に乗って台東から台北に向かっているときのことだった。飛行機だと四、五十分ほどで着く距離を、自強号では、六時間ほどかけて行く。
自強号、中国語での発音がなかなかうまくできない。自―Zi  強―Qiang 号―Hao。苦手な巻舌音の入っている単語でもあるまいし、問題は声調のようだ。四声、二声、四声。

新しいことばや、耳慣れないことばに出くわすといつもそう。口にしようとするとき、まったくぎこちなくなる。わたしの中国語が、幼稚園に上がって日本語に取り巻かれる以前までの、いわば、幼児の頃の記憶に頼ってどうにかかたちになっている証だと思う。わたしの中国語が幼稚なのは、もともと語学の才に欠けているのに幼児の頃の記憶があるからと怠けていて中国語学習にあまり身を入れてこなかったからなのだ。中国語が公用語の土地に行くたび、思ったことをすらすらっと口に出せぬもどかしさに歯軋りし、今度こそ絶対中国語をなめらかに話せるようになるまで努力しよう、と思うのだが、日本語がじゅうじゅうまかりとおる土地に戻ってくるとまた怠けはじめる。

そのことをすっかり忘れながら自強号に乗っているわたしは、中国語を今度こそ、またしても決意をしていた。
台北から台東に行くのにも、おなじ名前の列車で、だった。記憶では、花蓮という街を過ぎたあたりから、海が見え始めた。濃い、紺色の海。きらきらと光を撥ねていた。台湾が南国であることを思い知らされるような窓の景色。
わたしは、台北から一歩も出たことのない自分自身に気がつく。台湾では、親から離れて過ごしたことなど、一度もなかったと気がつく。二十五歳になる今の今まで、ただの一度も。わあっと声をあげたくなる。身体がざわめく。土が。つぶやきたくなった。土がある。

「そうだね。…いやそうじゃない。」
師匠の蒼い瞳がわたしを見る。
「おまえみたいな日本人もいる…、という風にむしろ考えたい。いやちがう。どちらだっていいんだ。
なになに人、というので、その人間個人の本質を定義するようなことは、詰まらない話だ。そうでしょう?」
そうだった。そういうことを、このひとから教わったのだった。それで、完璧な自由、を得たような気がしていたのだ。


師匠と、列車で旅をするのはこの台湾が二度目だった。

一度目は大陸。あの広大な、どこまでも続くような中国大陸。「これをおまえに見せたかった。」ただ、えんえんと通り過ぎてゆくだけの黄色っぽい土の壁を指して師匠は言った。それで冗談を言いたくなった。
「こうしてわたしは、青い眼の師匠に赤く染められてゆくんですね。」
走る列車のデッキでわたしたちは笑った。気が遠くなるほど大昔に思える。たった、一年前の夏の頃のことだ。

自強号に並んで座ってわたしたちは、台湾について、台湾と大陸との関係について、少々興奮気味に話し続けていた。
ここ数年来、半ば放浪するかのごとく大陸での旅を続ける師匠は、日本語ほどではないが、中国語も出来る。
それで、わたしの中国語は舌足らずでおかしい、と揶揄するのだが、わたしからしてみたら師匠の中国語もまた、声調がむちゃくちゃでおかしい。
お互いにとって不自由のない日本語で、そのことをからかいあうのである。
話題が話題なだけに、話はなかなか尽きないのだが、「あ」、ふと師匠がつぶやいた。どうしたんですか、と訊ねると、「向こうにいる乗客も、ぼくらとおなじ内容について英語で喋っているのが聞こえてきた。」
それでわたしも耳を澄ますのだけど、わたしは英語は分からないから、解らない。師匠の母語は英語なのだった。英語を母語とするひとたちにとっても、「台湾」は、語ることを喚起させずにはいられない「素材」ということなのだろうか。

かつて台湾は中国の一部、それも南の果ての島、辺境の一部だった。かつて台湾は中国の一部、それも南の果ての島、辺境の一部だった…

自強号は走り続ける。

「わたしは、台湾を軽んじてました。」
わたしは白状をした。
「せんせい、わたし台湾を軽んじてました。“故郷喪失者”気取り。わたしは自分を、“根無し草”のように思いこむことで、ないものがないという空白感を。虚無感を。やりきれなさを。誤魔化そうとしていました。日本(・・・)()台湾(・・)()軽んじて(・・・・)きた(・・)よう(・・)()、わたしは台湾を軽んじていました。」
日本語なのに、舌がもつれる。ふつふつと力がわくのを腹から感じる。師匠が支離滅裂なわたしの話に耳を傾けている。「わたしは…、“ホーム”を、血縁としての“ホーム”ではなくて、地縁としての“ホーム”を…、見つけたのかもしれない。いや、見つけました。わたしは台湾を、軽んじていたのです。台湾は、最初からここにあったのに。」
…師匠の影響を強く受けすぎて自分は自由だなんて調子に乗ってしまったのです、と付け加える。
あの夏のときとおなじ、わたしたちは笑いあった。

「国」という単位で、自分を何かに結び付けなくてはならないと躍起になっていたからこそわたしは、結びつかない自分のその裂け目に恐怖を覚え、ときには地団太を踏んだ。それで自分は初めから何にも結びつかないのだ、結びつく必要がないのだとうそぶくようになった。全ては解決したつもりになっていた。だが、生きていく、ということはそんなにお気楽なことではない。

では、次はどこに行けばいいの?
それで勢い、台湾に飛んだわけだけども…。
そして分かったことは、

わたしは、わたしを面白がるように、「台湾」を、面白がり始めている。
いつとも知れず、「国」となるのか、あるいは、「国」ではなくなるのか、そういった緊張感に晒された「台湾」という場所を。そして、「台湾」の、分かりやすすぎる二者択一を拒むような、多様性。
他人事に思えない。

こんな気持ちは初めてなのだ。

 

 

11月6日 日曜日

十一月に入っても、台湾は夏だった。太陽は燃えていた。
台湾で、()()澄ます(・・・)と、底から揺さぶられているように感じる。
紅樹林、マングローブの森のすぐそばに棲んでいる。風にあたって、日差しを浴びて、名前の知らない植物を眺めていると、自分が台湾で産まれたというのは、ただの言い伝えではないのだと思えてくる。台湾が、わたしの産地なのだと思う。
わたしは移植されたのだ、日本に。日本で育った台湾人、台湾生まれの日本人、言い方は何でも構わない。
ときどきわたしは、こんな自分こそが最も日本をあいしてるのだと思い込むし、こんな自分だからこそ台湾の面白さを一般的な台湾人よりもよく知っていると豪語する。単純なのだ。だがしかし日本も台湾もわたしのものではない。わたしがどちらのものでもないように。

大陸のそれとは違い、台湾の中国語は一般的に舌をほとんど巻かない。
その舌をあまり巻かない中国語をさらに舌足らずに喋るわたしの舌。わたしの中国語はあいもかわらず穴だらけで、その穴に指を挿し込んだらしっとりと濡れてくるのだろうか。もっともっと。もっとゆるやかに、なだらかに、このことばが遣えるようになれたらいいな。
わたしの中国語。

わたしの日本語。

飛行機が離陸した。黄昏時の離陸だったので、空は、昼と夜とのあいだで揺れていた。その中を、突っ切って飛び上がる鉄の塊の中に乗りこんで、台北から東京へと向かう。
月が、白く光る。すぐそばでは、星がひとつ、輝く。
「メルヘン。」

ガラス窓に額を押し付けながら月と星とを見つめながらわたしはひとり、はしゃぐ。
「ナルシスト。」
ガラス窓に反射した自分の顔から目を逸らさない。するとその顔が奇妙な容貌の果物にでも見えてくる気がする。珍しがられるような果物のような顔に。わるくないわと思う。
空が、夜のほうに落ち着きつつあった。