ON日記

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200719

毎夜毎夜、母は私たちが眠ってしまうまでお話をしてくれた。私にはどこでお話が終わり、どこから夢が始まったか、わからなかった。母の声は私の夢のなかのヒロインたちの声になっていった……

(マクシーン・ホン・キングストン)


何の話だっけ?

そうそう、もしもあたしたちが男の子に生まれていたら、って話。

あたしが云ったのは、自分が男の子だったら女の子に生まれたかったなぁってずっと思っていたんじゃないかなぁってこと。
そしたらあなたは逆のことを云った。
きっとあたしは男の子に生まれていたら女の子になんか生まれなくて良かったって思うって。
あなたが云うと、あたしもそんな気がしてくる。
いつだって、お喋りが上手なんだ。あなたは。

あたしを、いつのまにかあなたに従わせるの。

魔法みたいにね。

何の話だっけ。そう、あたしたちが男の子だったらってこと。

こんな話が楽しいのも、わたしもあなたも女の子だからなのかもしれないね。
あたしはね、生まれる前から女の子だったって。パパが教えてくれた。ママのおなかのなかにいたときから、この子は女の子なんだってパパとママは知っていたの。
あなたはクスクス笑う。

その話、何度も聞いたわ、と。

そうだっけ? そう、そうかもしれない。だって、何度も話したくなるんだ。
初めて打ち明けるように話したくなる。

おなじ話を、何度も何度も。

おなじ話なのに、いつも、初めてのように話したくなる。
いいの、あなたは囁いた。
いちばん話したいことを、聞かせて。

あたしの唇に、耳を寄せる。

あたしは笑う。あなたも笑う。もつれあってゆらゆら揺れる。


じゃあ。あたしは思い出す。


あなたが、あなたのママに許されてふだんは寝てなくちゃいけない時間にあなたのパパに手をつながれて除夜の鐘の音を聴きに行っていた夜、あたしは、あたしのパパとママと、ママのおばあちゃんちで、爆竹の音が鳴り響くのを聴きながら過ごしてた。

ママのママであるおばあちゃんは、あたしのことがカワイクテシカタガナイんだって。
あなたがわざとおかしな顔をする。
それを押しのけてあたしは続ける。

だって、いつも、そう云うもの。

あたしの頭を撫でながら、カワイクテシカタガナイネエって。
ちっちゃいときからずっと。会うたんび、おばあちゃんはそう云うのよ。

そう、話したかったの。
おばあちゃんが、十五歳のときに着たというキモノを見せてもらったって話。
新年を迎えたから、お線香がいつも以上にたくさん、焚いてあった。
そのお線香の香りが、おばあちゃんちをいっぱいに充たしていて、奥の奥まで、漂っているの。

だから、あのにおいがしてくると、おばあちゃんちを思い出す。

おばあちゃんちで過ごす、毎年のお正月のことを。

どこにいたって、あのにおいさえすれば……必ず思い出しちゃう。
あれ、何だっけ?

そう、おばあちゃんのキモノの話だった。

パパが、おじいちゃんやママの兄弟である叔父さんたちとお酒を呑みながら新年を祝っていてとても賑やかだった。

おばあちゃんがあたしに手招きしたの。
お線香の香りは、おばあちゃんとおじいちゃんの寝起きする奥の部屋にまで漂っていたわ。
古びた箪笥の前に、その紺色の生地に黄色い花の描かれたキモノは掛かっていたの。

おばあちゃんにはわるいけど、あたしにはそれが、おばあちゃんにとって大切なものなんだろうなとは思ったけど、綺麗なキモノね、とは云わなかった。

色褪せていて、生地もすっかりくたびれていたから。
でも、あたしがそう思っているのがおばあちゃんにはお見通しだったんじゃないかしら。
あたしが黙っていてもニコニコ笑ってた。
本当はもっと冴えた黄色だったのよ、と云うと、紺色を背にした花の輪郭をおばあちゃんは指でさすった。
あたしの頭や頬を撫でるときとおなじような、優しい手つきだった。

優しくさすりながら、おばあちゃんは云った。
ごじゅうねんも前のものだから……

あたしはね、ごじゅうねん、というのがどれぐらいの長さのか想像できなくて、ぽおっとしちゃった。
いつのまにかそばにいたママが、ママが生まれるのよりもずっとずっと昔のことなのよ、なんてもったいぶったように云うのだけど……

ぼおっとしながらあたしは、あの、あたしのお気に入りのワンピース、あなたも好きだった云ってくれた、花と鳥の絵が刺繍してあるワンピースを、思い出してたの。

あたしはあたしをおばあちゃんと呼ぶ女の子に、あのワンピースを見せてあげよう。
とっさに、そう決めた。
きっと、今のあたしに、あの花と鳥の刺繍がよく似合うように、ごじゅうねん前に十五歳の女の子だったおばあちゃんは、冴え冴えとした黄色い花の絵柄はよく似合っていた。
それにしても、ね?

ごじゅうねん後のあたしは、あのワンピースをちゃんと持っているのかしら?

おばあちゃんがあたしに黄色い花のキモノを見せてくれるように、あたしは、あたしをおばあちゃんと呼ぶ女の子に見せるまで、あのワンピースを大切にしまっておけるのかしら?
あなたは、じいっと耳を傾けていた。

あたしは急に、そうしているあなたがおばあちゃんに思えてきた。

あなたの黒目勝ちな目に映るあたしも、おばあちゃんに思えてきた。


そんなことありっこないのに、ね?


どうして笑うの、と訊ねるから、あたしたちがおばあちゃんになったみたいな気がするからよ、と答えた。

そしたらあなたは少し考え込んで、それから呟くように云ったの。

あら、でも、あなたのおばあちゃんがおばあちゃんと呼んでいた人だって、昔は女の子だったんだから。

あたしが、あなただけにって囁きたくなるようなとっておきの話なんて。

今はまだ、これぐらい。

ごじゅうねんあれば、もっと増えるのかな。
ねえ、ごじゅうねん先も、あたしたちは友だちでいられるかしら?

さあね。

あなたは唇を突き出して意地悪な返事をする。
おんなじ男の子に、恋をしたりしなければね。