ON日記
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4月27日 金曜日
くちづけると甘い匂い
花のような
ヴァニラのような甘い匂い
ぼんやりして眠たくなる
子どもになる
愛しあうと甘い匂い
愛しあうと疲れちゃうし
花のように目を閉じると
泣きたくなる
子どもになる
(ピチカートファイヴ、『ベイビイ・ラブ・チャイルド』より)
週末は遊びにゆこう。「また来週」と小学校から駆け出して地下鉄に乗ってJRに乗り換えて大急ぎ。日が暮れる前の映画館に辿り着きたい。ジャッキー・チェンの『プロジェクトBB』が観たい。
がらがらの映画館で、ポップコーン(お決まり)をパクつきながらジャッキーに夢中になった。ジャッキーはやっぱり格好いい。『プロジェクトBB』のBは、BABYのB。赤ちゃんを抱っこしたりあやしたりおむつ替えたり寝かしつけたりしながら闘うジャッキー! やっぱりジャッキーは格好いい。
劇中、生まれた赤ちゃんに「平凡でいいから、幸せになってね……」と願うおかあさんの心をうたう歌が沁みて困った。涙ぐんじゃうじゃない。
ジャッキー鑑賞後は、ふくよかな気分で大久保方面にむかって歩く。中華がとにかく食べたくなる。果たして、小さな中華料理屋に入る。ビールであっという間に酔っ払ったあと、スープ入り水餃子を二椀もたいらげてしまった。絶対に『プロジェクトA』を帰り道に借りて行くと言って聞かない恋人とケラケラ笑い続ける。
なんと幸福な週末なんでしょう。
4月12日木曜日
「I’m Not……」のジョン・レノンの歌を使った初期のヴィデオでも、女性は犠牲者としてではなく、弱さを外に出せる強い人間として描いています。外面は強くても陰で男に泣きつくような女よりはずっと強いと思います。当時は人間の弱さや失敗に興味があり、今でも女性が強がって自分を痛めつけるのは嫌いなので、かえって違う面を見せたのです。それに強いフェミニストは性に合わない。小さい頃から頭に叩き込まれたことを、言葉だけですぐに変えられるとは思いませんし、そうした影響を遠ざけることも簡単ではありません。
(ピピロッティ・リスト)
天の半分は女が支えている、という毛沢東のことばからインスピレーションを得てジョン・レノンはかの「WOMAN」をつくったという。私は女なので、私の天の半分を支えているのは男ということになるのだろうか。小さい頃から頭に叩き込まれたことの多くが、心にしっくりとなじまなかった。そんな女の呟くことばは限りなく呪詛に近い。私は、私のような女の天を半分支えてくれる男の度量に日々目が眩みそうだ。
多和田葉子の『海に落とした名前』を読んでいる。自分の名前を忘れてしまった主人公が、ポケットに入っていたレシートの束を唯一の手がかりに、自分の記憶をたぐりよせようとしている、という小説。まだ、終わりまで読んでいないので先のことは全然分からない。主人公がどうやって名前を思い出すのか、けっきょく思い出さないのか、はたまた思い出すのをやめるのか、まるで予想がつかない(それにしても、予想がまるでつかない状態っていうのはこんなにもワクワクするものなんだなあとつくづく思い知らされる。)
海に名前を落としてしまった主人公は、窓の外の樹を眺めながら「木の名前は分かる。いちょうやさくらというのは、ある一本の木の名前ではなくて、種の総称に過ぎないから分かる。」と思う。「自分の名前は忘れても、自分の属する種の総称なら忘れていない。哺乳類。人間。女。」と思う。
『海に落とした名前』を、私は昨日、図書カードで買った。ある人に頼まれて日本語の短い文章を中国語に翻訳したら、お礼に、と貰った図書カードだった。短い文章とはいえど、私にとって日本語を中国語に訳す作業は決して簡単なことではない。ほんの短い文章ではあれど、辞書を引き引き、けっこう、苦心した。だからこそ、その「報酬」として頂いた図書カードは、多和田葉子の小説を買うのに相応しいと思ったのだ。『海に落とした名前』が想像以上に面白いので、久しぶりにいいモノをいいオカネ(の代わりの図書カード)で買った、と悦に入る。のだが。『海に落とした名前』の作者は言う。
「消費者としてのアイデンティティーみたいなものは非常に薄っぺらで、おかしいんですよね。本当にコミカルになってしまう。でも、現実に私たちの多くは、消費することだけでやっと社会と繋がっているような気がします。
私は日本人であるとか、そんなことを自分から気張っていうこともかなりナンセンスですが、アイデンティティーそのもののナンセンスさと同時に、面白さというのか、それがレシートに現れていると思ったんです。名前という普通のアイデンティティーを忘れて、消費という違うところから迫っていったらどういうものがあらわれるかという実験小説みたいな感じもあったのです。」
もしもわたしが今記憶喪失になって、『海に落とした名前』を買ったときのレシートしか、手がかりがなかったのなら。
何にも分からないのだろう。何にも。何一つ。
「哺乳類。人間。女。」口癖になりそう。
4月8日日曜日 都知事選挙に寄せて
We’re gonna be
Sinkin’ soon
We’re gonna be
Sinkin’ soon
Everybody
hold your breath ‘cuz
We’re gonna be sinkin’ soon
(Norah Jones)
(わたしたちは、もうすぐ沈んでしまう……)
投票する権利がない。私には、ない。
とっくのとうにわかっていたことだ。わかっていたはずなのにどうしてだろう。
……わたしのほうがよっぽど、
とまた呟いている。唇が震える。
……わたしのほうがよっぽどこの国を……
やりきれずにテレビのチャンネルを換えたら、戦艦大和の映画をやっていた。主題歌がながれる。
(Close your eyes…)
「殺されるという恐怖とその反対の殺すという殺意が私の中でうねっていた」
と、かの小説家の処女作にあったのを思い出す。「私の頭の中には『日本人に対するオトシマエ』という一語しかなくなっていた」、と。
「彼女」は日本人として生まれなかった。「彼女」は日本語の小説家だった。
日本人として生まれなかった「彼女」が日本語で書いた小説を、日本人として生まれなかった自分が日本語で読んだ。あれは四年前。前の選挙の年だった。
(My dear country)
胸によぎる。(わたしたちは、もうすぐ沈んでしまう……)と歌うのとおなじ声でNorahは歌う。
I love the things that you’ve given me. And most of all that I
am free to have a song that I can sing on electionday.
わたしは、選挙の日に何をうたえばいいの?
東京都では、外国人が年々急増している。外国人登録者数は37万人を越えている。都内の公立小学校には5017名、中学には2288名の外国人児童がいる。
私もかつては外国人児童のうちの一人だった。その私の手元に今、「外国人の子どもの教育条件の改善に関する請願のための署名用紙」(「NPO法人 IWC国際市民の会」より)がある。
「国の法整備や施策の改善が遅れ、外国人の子どもの日本語教育や不就学・高校進学・学齢超過者の入学受け入れ等、深刻な問題が起きています」
とある。
今あたしは言う
あたしは日本人よ
すると彼らは言う
お前は知らないのか この国は
世界で一番偉大な国
今あたしは言う このアメリカで
あたしは第三世界の人間に属すると
すると彼らは言う
もしここが嫌いなら
帰ったらどうだ
(ジョアンヌ・ノブコ・ミヤモト)
「外国人の子どもの教育改善に関する請願」は、東京都議会議長宛である。
署名欄の前に、「それぞれ一人ずつ自筆でお願いします。国籍・年齢・住所を問いませんので、どなたでも賛同してくださる方はお願いします」とあった。太字の文字であった。
温又柔、と署名した。封をした。
温又柔、という名前。日本人の名前には見えないだろう。いいの、私は「正規の」日本人ではない。あるいは「法律的には」日本人ではない。そのことに過剰な意味などない。だけど今夜だけは許して。今夜だけは言いたいの。
誰がなったって同じ、というのはあなたが今息苦しくないからなのよ。再び繰り返される「太陽の季節」。
(もしここが嫌いなら、帰ったらどうだ?)
わたしは沈まない。息をするの。気が済むまで帰らない……運よく帰るあてもない。
4月1日
言葉は、自分の所有物ではなくて獲得するものであり、自分と言葉との間には、距離があるという認識が必要です
(リービ英雄)
たとえ、母語ではあっても。
ところで、母語って何?……とぼけないで。とぼけたりなんかしたら、舌を抜いてやる。母から受け継いだその舌を。
忘れていることがたくさんある。
たとえば、ある女の子の話。
名前は、KELLY。
上海生まれの女の子。七歳。
舌が、やわらかくよじれる。
唇から、ひらがなみたいな音がこぼれる。
“さあ、教科書は机の中にしまいなさい。”
先生は、こどもたちに作文用紙を一枚ずつあげた。
尖った鉛筆。消しゴム。
“今なんていったの?”
KELLYが、訊ねる。
“題名をつけるのよ……今からこんなお話が始まりますよって。わかるように書くのよ……”
中国語となると、おとなのわたしのほうが舌の足らない言葉遣い。
それでもKELLYは頷く。
子ども達は、鉛筆をうごかして一文字ずつ升目を埋めていく。
“題名。そう、題名の前は必ず一文字あけて。
名前は、次の行に書くのよ。“
先生が子ども達に言うのを聞きながら、自然に身につけたつもりでいる多くのことが、ほんとうは、ひとつひとつ丁寧に教え込まれたものなんだというのをしみじみと思い知らされる。
おとなとなった今では忘れがちなことだけど。
書けば書けてしまう。読めば読めてしまう。
(おとなにとっての)言葉を。(日本人にとっての)日本語を。
紙のうえに書きあらわすことって、そう簡単なことではない。
そう、知らず知らずのうちに何となく出来るようになったわけでは、決して、ない。
わたしたちは確かに、「獲得」してきたはずなのだ。
作文の時間は続く。
わたしはKELLYの傍らで、KELLYにたずねる。
“そのとき、何があった? 何を思った?”
“あのね…”
KELLYが中国語でわたしに説明する。それをわたしが、KELLYの知っている日本語に訳して、一緒に作文用紙の升目をひらがなで埋めてゆく。
私とKELLYがしているように、ほかの子ども達も作文用紙を前にして懸命に鉛筆を動かしていた。
KELLYのように中国語を介在させないでもよいので、他の子ども達はわたしのようなおとなを間に置かずに、それをやっている。
赤ん坊は、最初に出会った他人(親)のことばを真似し、繰り返し身を任すことによって、ことばを会得する。
おなじ教室にいる子ども達のほとんどは、日本語を話す親の真似をしてことばを獲得した。
その教室ではKELLYだけが、親の話す言葉が日本語ではなかった。
中国語を話す人たちだった。
KELLYの書くひらがなは、徐々に丸みを得てぎこちなくなくなってゆく。
だけどそれは、彼女に限ったことではない。
他の子ども達のひらがなも、最初はぎこちなかった。
いや、まだぎこちない子だっている。
KELLYも含め、子ども達は今、「日本語」で読んだり書いたりする力を、「獲得」している真っ最中なのだ。
わたしも、KELLYのような子どもだった。
KELLYのように日本人の通う小学校に数年いたら、「知らず知らずのうちに」日本語が舌になじみ、ひらがなとカタカナと漢字を織り交ぜた日本語の文章を綴ることが「自然に」できるようになった。
わたし(たち)は、あまりに多くのことを忘れていた(る)。