おんにっき おきがるversion 8月
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8月26日 日曜日 ほんの少しではあっても、呑むと酔う。酔うと歩きたくなる。夜風に吹かれて。ひとりで歩いた。 うちに帰ったら、テレビがついていた。桑田さんが歌っていた。桑田さんの歌が聞こえてきた。おセンチな気分になった。夏の終わりの、ありふれた気分だと思った。浸った。
夕陽のあとの、人気の無い赤煉瓦倉庫街を歩いたことがあった。好きなのを買ってあげる、といわれた。他にもいろいろあったけど、赤い靴の形をしたペンダントに決めた。横浜へ来たのにちなんだ。ゆらゆら揺れると赤は綺麗。極楽鳥の気分。気持ち、極楽鳥。笑った。 あったような、なかったような夏の記憶。 それとは別の、でも、横浜だった。昼下がりに、船に乗った。マリンルージュを初めて見た。横切ってゆく客船。船は山下公園にむかっていた。楽しかった。ほんとうに楽しかった。夏の一日。 めぐるめぐる。 どこにでもある、ありふれている。物語の、それもほんの、断片を。 陽に透かしてみたような。 きらきら光る。ムネにくる。 服を脱いだ。お湯に浸った。お湯が沁みた。 夏のおわりに桑田さんの歌でおセンチな気分になるなんて、間違いなく、ニッポンの歌を聴いておおきくなった証だと思った。 1980年生まれ。 |
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8月23日 木曜日 A.杯に酒を満たす B.杯を酒で満たす
Bは、杯を満たそうとしている。杯を満たすのに酒をつかった。 「に」「を」「を」「で」で、遊ぶ。 「に」「を」「を」「で」を、遊ぶ。 「遊ぶ」の?
どうしてわたしはまな板のうえにのせたりするのでしょうか。 ピカピカに光った刃の包丁で、細かく細かく、切り刻もうとするのでしょうか。 「て」、とか、「に」、とか、「を」、とか、「は」、とか。いま、ナニ挟んだ? いま、ドレ入れた? 気がして気がして、そういう気がして。 わざと間違ってみたりして。 ああ、まな板に包丁と。自分はあんがい、好きこのんでこれ、やっているなと思って。 なんのためだかね。 でも面白いんだよね。
でも、嘘だよそんなの。 喋れるって絶対。 心配なんかない。ないない。 呼吸について考えすぎて呼吸困難になりかけたって、死にたくない限り、気付いたら息を吸って吐くということ、ちゃんとできるから。 死なない、死なない。 死にたくないなら、死なない。 ほんとだよ。 参考文献:藤原雅憲著《日本語教師・分野別マスターシリーズ よくわかる文法[検定試験対応]》(アルク) |
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8月22日 水曜日 そんなこと思っていると、夜なんてあっというまに更けてしまった。 |
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8月18日 土曜日 初めに; いつからか…、 いつの頃からか、思ったことを思ったとおりに書くということが出来なくなっていた。 どうしてかしら? 思ったことを思ったとおりに口にするのには、いろいろ気をつけなければいけないことが多すぎる。 こんなよのなかだもの。
だけど、わたしの自由になる言葉なんて、所詮その程度のものなのだとも思う。そう、としか言え(書け)ないことを、そう、だと言う(書く)ことは簡単なんだから。 つるつるっと書けてしまうとなんだか不当にラクをしてしまったようで、非常に罪深いことをしたような気がしてしまう。ましてや、人様にお見せすることを前提とした文ともなると。 こんなよのなかだものね、気をつけなくちゃ。 いずれにしろ、(日々)言葉を軽んじていると、(いつか)言葉に愛想を尽かされるような気がして、恐いのだ。 だからわたしは、思ったことを思ったとおりに書くことの、不自由さをいつもいつも思い知っていたい。 うわっつらの自由さに酔い痴れていると、書くことのできた部分だけで、思っていることのすべてを要約してしまう癖がついてしまうような気がするのだ。 そして、そんなふうになってしまったら最後、思ったことを思ったとおりに思うことができなくなってしまうどころか、思ってもなかったことを思っていると思い込むようになってしまう……、 そしたら誰かさんの思うつぼだわ、気をつけろ! 襟を正したわたしは、“きまじめ”そのものだ。だから、そんな態度で言葉と向き合おうとしているアッチの日記は、“きまじめversion”。 ところが、実はわたし、なめらかに、やわらかに、次から次へとリズミカルに言葉が出てくるという快感に身を浸すことも、大好きなのだ。 言葉が、自分のものであろうと、なかろうと関係ない。 いまコッチで始めようとしていることは、そのことを大好きだと感じている自分を解き放つこと。もっと自由に、もっとラクに、思ったとおりに思ったことを書くということ。 だから、“おきがるversion”。 ドッチがドッチか、いつか分からなくなりそうだけど、もしかしたらそれが理想の境地なのかもしれない。とにかく、数年(!)ぶりにわたしは、“書く”ことを思いっきり楽しもうと思っている。 旅する前のように心が弾んでいる。 |