おんにっき おきがるversion 10月号

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10月25日 木曜日

チイチイパッパ、鞭フッタ。

まいにちまいにち、チイパッパ。

本職の先生方から教わることは日々多いが、子ども達から教わることも日々とても多い。

 

きょうは、鍵盤ハーモニカの、鍵盤を指で叩くときの感触が心地よかった。

息を、吹きこむ。

センセイが指揮をするのに合わせて、吹き込む。

いち、に、さん、し。
楽譜のなかでも、きょう、一番むずかしいところ。
指は、しろ、くろ、しろ、くろ、と鍵盤のうえをリズミカルに動いてゆかなければならない。

「いつもあとちょっとのとこで、指がまにあわないの!」

小声で早口の中国語を囁く顔に、笑みが浮かんでいた。顔を寄せて笑いあうわたしたちは、鍵盤ハーモニカを膝の前においてひざまずく子ども達の列の一番後ろにひざまずいていた。

 

中国から転入してきたばかりの同級生と、週に一度二度やって来るわたしが、聞いたことのない言葉で話しているのに、子ども達は目をみはっている。休み時間になると日本語でたずねてくる。

「ねえ、それって中国語?」

「そうだよ、中国語だよ。」

日本語で答えたわたしに、「センセイも中国のひとなの?」とたずねてくる。「センセイは、なにじんなの?」

 

サテ。……ワタシハ、ナニジンナノカシラ?

 

 

10月20日 金曜日

赤ちゃんが生まれてパパになった友だちを囲んでのんだ。

くちばっかり達者な女のともだちに囲まれ、パパになったばかりの友だちはニコニコ笑っていた。

初めて会った頃と変わらず、ひとのよさそうな、やさしい微笑だった

初めて会ってから何度もみてきた笑い顔のうち、今日の顔がいちばん、よかった。

パパだった。

パパは、パパに生まれるのではない。パパになるのである。

幸せになってね、のもとくん。

 

 

10月17日 水曜日

きょうも、きょうを深々と愉しんだ。
ねむる前に噛みしめる。

あしたがまちどおしい、と思う。

きのうも、ねむる前にそう思っていた。

わたしは、今、とてもよい。

 

 

10月6日 土曜日

そこかしこで、金木犀の匂いが漂うようになった。春の頃の、あおずっぱい気配にはいつも不安にさせられるのだけど、そのてん、秋はらくだ。きらくだ。

きのうは、栗が美味しかった。

布団の中でとろんとまどろみながら、あしたの心配をしすぎて、きょうをやりそこなうのは、さみしいものだと思う。

 

 

10月1日 月曜日

タオルを巻いただけの姿で備え付けのスリッパに両足を突っ込み、灰色の絨毯のうえをぺたぺたっと三歩歩いて、ベッドに思い切り弾みをつけて仰向けになってみた。でも、まだ乾ききっていない髪がシーツを濡らしてしまうかもしれないから、そうなると、髪にもシーツにもよくなさそうだな、と思い、すぐ起き上がる。

窓の外は、しん、としていた。

あと少しで、日付が変わるところだった。

 

わたしをここの入り口まで運んできてくれたタクシーの運ちゃんは、優美な手つきをしていた。車が走り出してしばらくすると、どこから来たんですか、ともの柔らかな口調が訊ねてくる。後部席で姿勢を正し、東京です、と答える。迷子になってタクシーを拾ったのだ。何しにいらっしゃったんですか、と訊ねてくる。

ライブを……、事実を伝えるだけなのに、照れる。ライブを聴きにきたんです。誰のライブだったんですか、とまた訊かれる。

ああ、と運ちゃんはいう。初日だったんですよね、という。わたしは驚く。ぼくね、かれがベースを弾いていた頃のバンドとおなじライブハウスで演奏したことあるんですよ。

(夢、敗れてこんな仕事してるけど。)

ライブの舞台は、最大一万人ほどが収容できる施設だった。わたしが見つめ熱狂していたように、わたし以外の一万人近くの人間が、その一点を見つめ、熱狂していた。

 

(ぼくはね、かれの歌だと、Father、がいちばん好きなんです。かれは、グレートマザーを、じゃなくて、グレートファザーを、歌うんだ。好きなんですよ。)

 

かれ、は、一万人の観衆の前で歌っていた。(きみが大切にしているものほど奪われてくだろう でも生きていかなくちゃな……)

濡れ髪を指でいじっているとへんに感傷的になり、運ちゃんのはめていた白い手袋は、深夜の町を走るタクシーを動かすときのハンドルをまわすためというより、無防備に日に晒されるのを防ぐためにあるのだと思い込んでみる。

今夜、一万人を熱狂させていたのは、あの運ちゃんのように思えてくる。深夜の町を走るタクシーを動かしていたのは、もしかしたら、などと思う。

(世界一になれるならこの身体いりません)

わたしは、もういいかげん服を身につけなくちゃなと、目尻を押さえる。