連載第3回 00/6/22


今回のテーマ「雑誌の部数」


  「公称」という言葉をご存知だろうか? 「一般に公開された」という意味だが、出版界ではしょっちゅう登場する。
  雑誌の部数を伝えるときに「公称○部」という言い方をする。直訳すれば「一般に公開された部数は○部です」ということになる。おかしな言い回しではないだろうか。
 
 今回は「雑誌の部数」を「公称」というキーワードを使ってひもといてみたい。

 

まず雑誌と書籍の区別をしておこう

  雑誌は定期的に発行する書物である。週刊、旬刊、月刊、季刊などがある。
  書籍は単行本や文庫本、特集本などで、一冊一冊が単体の本として発行されている書物である。
  近くに雑誌があれば手にとって裏表紙を見ていただきたい。「雑誌コード○○○-○○」と記載してある。そのコードが雑誌の証である。

1.「公称」って怪しいぞ

  「公称10万部」と聞いて、本当にその雑誌が10万部発行されていると思ってはいけない。実部数は間違いなく公称部数より下回っている。
  これは暗黙の了解というか常識化していて、大手から中小までほとんどの出版社が、実部数より多くを公称部数として公開している。「ごまかしている」や「騙している」という意識はない。
  「公称部数は実部数の3倍」というのが一般的だが、これは出版社によって様々。
  10倍の数をふっかけるところもあるし、2倍程度で済ますところもある
  従って、公称
10万部の雑誌よりも公称5万部の雑誌のほうが多く発行されている、という不思議な現象も起こり得る。

 2.なぜ「公称」なんて使うの?

  「書籍の部数をごまかす理由」については前回書いたが、それと同様に、「読者の購買意欲をあおる」という目的が一つ。売れている雑誌ならば自分も見ておかなければ、という気持ちにさせる。
  しかし、雑誌の「公称」にはもっと大きな理由がある。
  それは、「雑誌の運営費用は売上収入と広告収入の両方でまかなっている」ということに起因する。
  つまり皆、広告収入が欲しいのだ。公称部数を上げることによって、広告効果のある媒体だとアピールするのである。
  経営的に安定した雑誌は「雑誌の売上収入」と「広告収入」の割合が半分と言われている。どこの出版社も血眼になって広告クライアントを探しているのだ。その際に「公称」が効果を発揮する。
例えば、

電器メーカーM社が新しいパソコンを発売することになった。広告を打ち大々的に売り出していく方針だ。パソコン雑誌の裏表紙に広告を打つことになった。候補として上がったのはA誌とB誌。M社はA誌とB誌に媒体資料(発行部数や広告料金、読者層などが記載されたもの)を請求した。
翌日、送られてきた内容はこう。

雑誌A
発行部数:公称
20万部
表4(裏表紙)広告料金:
200万円
読者層:20代〜30代までが中心
実部数(無記載):3万部

雑誌B
発行部数:公称
10万部
表4(裏表紙)広告料金:
200万円
読者層:
20代〜30代までが中心
実部数(無記載):6万部

  A誌とB誌で異なるのは部数だけ。M社は、A誌のほうがB誌に比べて倍の部数を発行しているから広告効果は高いだろう、と判断する。
  実部数はB誌の半分なのにそこは見えない。
  結局、M社はA誌に広告を出すことになった。
  B誌としては面白くない。A誌より多く発行されているのに(出版界内ではなんとなく察しがつく)、広告を取られたのだから当然だ。じゃあ、次からはこっちも公称部数を上げてやろう、なんてこともある。
  実部数競争ではなく公称部数競争に発展してしまった悪いケースだ。
  こんな状況ではクライアント側もどこに広告を出せばいいのか分からなくなってくる。


  正しい発行部数はその出版社の人間にしか分からない。本を配る取次会社は配布部数を知っているが、取次会社は何社もあるし、在庫の数などを考えるとやはり出版社の企業秘密ということになる。
  発行部数・売上数・HPアクセス数など、数は人を惑わす。「惑わしてやろう」という作り手がいる限り、正しい数での勝負ができる日はこないだろう。
  次回は「出版界での詩の位置」に触れる



連載第1回(00/5/9)「作家の収入」を見る

連載第2回(00/5/30)「書籍の部数」を見る

連載第4回(00/7/26)「詩の現状」を見る

連載第5回(00/8/22)「Tさんの体験談」を見る

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